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エドワード・エルリックは今週最大のピンチを文字通りかわすべく、野生のカンを駆使して絶妙のタイミングで頭を低くした。

その上を、金髪を掠めるようにオレンジの物体が飛んでいく。

固そうなそれはエドワードよりも先に玄関を抜けるとガチャン!と致命的な音をたてて散らばった。

「ばかばかばか!兄さんのばかぁああ!!」

「げっ?」

 

玄関先に散らばる破片に気を取られていると、すぐ横を縦に回転する何かが掠めていった。

ゴツン、と壁にぶつかって足許に転がるのは木の柄のバスブラシ。

 

「おわ!?」

慌てて逃げ出すとまた怒声。

「この爆弾魔ぁ!!」

その後を追うように、アルフォンス・エルリックの怒りの声がセミの大合唱に混じって住宅街に響いた。

そして不幸なことにその場面にばったり出くわしてしまった約一名。

家から飛び出してきたエドワードを見て、アルフォンス・ハイデリッヒはひっそりと溜息をつきながら声をかけずにはここを通り過ぎることが出来ないのを悟った。

「凄いね、エドワードさん。」

「お、アルフォンス。」

エドワードはかがんでいた背を伸ばすと片手を挙げて挨拶した。

「凄い?俺の運動神経が?」

「違います。

 一体何をどうやって暮らしたらあの温厚で優しいアルフォンスくんをここまで怒らせることができるんですか。」

わざとらしい溜息と嫌味をちくり。

如何せん本当のことなのでエドワードは一瞬ぐうの音も出ない。

「ん?オマエ制服じゃん。なんで?」

 

ふとアルフォンスの格好をみてエドワードは彼のシャツに手を伸ばす。

 

「あぁ、ちょっと学校に忘れ物をしちゃって…。それで?爆弾魔って?」

「う…」

「今話そらそうとしたでしょう。だめですよ。」

「ううぅ…」

 

話をそらしきれなかったエドワードはしばらく呻いていたが、やがて拗ねたようにそっぽ向いてしまう。

「せ…洗濯を回そうと思ったんだよ。いっぱいになってたし…そしたらどっかにティッシュが紛れ込んでたみたいで…。」

「あー…それで爆弾魔。」

 

おかげでせっかく洗った洗濯物は、洗濯槽の中で爆発したティッシュにまみれてしまい大惨事。

しかも細かくちぎれた屑は洗濯機の隙間にぎっちり詰まっている。

「っていうか何微妙に責任逃れしてるんですか。“どっかに”って、エドワードさんのポケットに入ってたんでしょう?」

「お前らはー…なんたってそう決め付けるんだ!?」

エドワードは半眼になって怒ったように腰に手をあてる。

対してアルフォンスは首を傾げて彼を見下ろす。

彼はエドワードよりも一つ下なのに身長は大いに勝っている。

最もエドワードが身長で叶う男子はそうそういないのだが。

「じゃあ違うんですか?」

「ちが…わないけど、よ!」

「はぁ……まったくもう…。それで、逃げてきたんですか?」

「おー。アルのやつカンカンに怒っちまって…風呂の時計投げられた。」

親指でエドワードは指した元・時計は力なくぐったりと地面の上に散らばっている。

壊れてしまった状態でも、それは非常に固そうで、頭に当たればとても痛そうだなとアルフォンスは思った。

 

「でもそろそろ戻ってあげないと。洗濯機、大変なんでしょ?」

「…やだよ。アイツ絶対まだ怒ってるもん。」

「もん、って…駄目じゃないですか、一人後片付けでさせちゃ。」

「アルフォンス。俺が手伝ってどうにかなると思うか?」

「胸を張らないで下さい!」

「とにかく今戻ったらまた何か投げられるっつーの!」

5歳も下の弟にここまで怯えるのもどうかと思うが、頭脳と反比例して生活能力が著しく低いこの兄は彼が居ないと生活できない。

それ以前に、彼は弟を溺愛しているのだ。

それ故に弟に怒られると大いにへこむ。

しかも当たれば大怪我するであろうものを投げられたというのに怒る様子は全く無い。

「もー…じゃあ何処にいくんですか。」

「ん?…んー…」

潜伏先もとい行き先を尋ねられて、エドワードはしばし頭を傾けて考える。

 

「ん!コンビニ行こっ」

「あ、こら!」

 

決まった途端駆け出すので、アルフォンスは思わず後を追いかける。

 

「駄目ですってば、エドワードさん。アルフォンスくんかわいそうでしょう。」

「わーってるよ。アイス買うだけだ。んでもってアイツの機嫌をとる。」

「あぁ…なるほど。」

左右に揺れるポニーテイルを眼で追いながらアルフォンスは先程の怒鳴り声を思い出す。

「それにしても…爆弾魔ねぇ…」

思わず笑いを漏らすと、エドワードにぎろりと睨まれた。

「んだよ…。」

「いや、ぴったりな名前だなーと思って。」

「何でだよ!ちっとも合ってねぇだろ!」

「だってエドワードさん爆発大好きじゃないですか。」

エドワードが食ってかかる前に、アルフォンスは彼の後ろ頭めがけてすらすらと過去の爆発事件を並べてみせた。

「電子レンジでゆで卵を作ろうとして爆発。冷凍庫に炭酸飲料の缶を入れたまま忘れちゃって爆発。

 一時期ハマって買い込んだキムチを入れたタッパーを放置しちゃって冷蔵庫の中で爆発。」

「う…ぐ…ぅー…」

エドワードの背中が段々丸まっている。

このままではダンゴ虫になってしまいそうなのでそのへんでアルフォンスはやめてあげることにした。

「ね?これじゃあ爆弾魔と呼ばれてもしかたありませんね。」

「うるせー…」

 

白と青のひらべったい建物が見えてきたあたりで、ぽつりとエドワードの鼻先に水滴が当たった。

「ん?雨か?」

 

つられてアルフォンスも空を仰ぎ見る。

 

「うわ、」

 

さっきまで真っ青だった空はみっしりと重そうな灰色の雲に覆われ始めていた。

 

「いつの間に…一雨きそうですね。」

「最近激しいよな、夕立とか。」

「どうします?傘持ってないし戻ったほうがいいんじゃないですか?」

「あー…」

そうだなぁ、とエドワードが云いかけた瞬間。

ポケットに入れられていたエドワードの携帯電話がけたたましい音を鳴らした。

「わっびっくりした!」

「あれ。なんだろ。」

「エドワードさんそれ音量大きすぎですよ。」

「ひゃはは、すげーだろ?」

本気で驚いたアルフォンスを笑いながら、エドワードはぱかりと携帯を開いた。

「あ。」

そのまま3秒ほど固まっていたかと思うと、突然くるりとアルフォンスに背を向けてしまった。

「?」

名前を呼ぶ途中で、アルフォンスはエドワードの金色の横髪から覗く耳がじわりと赤くなっていくのを目撃した。

(―――うわ。)

アルフォンスはそぅっと彼の後ろに立つと、手許を覗き込んだ。

そこには、

 ―――――――――――

 8/15 14:42

 frm:アル

 sub:(non title)

 ―――――――――――

 雨が降るよ!





 

 もう怒ってないから

 早く戻ってきなさいっ。


 

 ―――――――――――


 

 

 

 

 

(―――あぁ…なるほどね。)

メールの差出人、苦労多き13歳の彼の姿を思い浮かべていると、

突然エドワードがぱちん、と携帯を閉じてコンビニに向かって走り出した。

「え、エドワードさん?帰るんじゃないんですか?」

「買い物して帰るっ!」

「え?」

慌てて後を追った彼に、エドワードはまだ少し赤い顔でコンビニを指した。

「アイス!あとお菓子っ。お前も早くこい!」

「えぇ…なんで僕まで行くんですか…」

自動ドアで手招きをするエドワードに仕方なくついていく。



 

もう少しだけ、あと少しだけ

苦労多き心配症の弟が、夏風邪をひいた兄の看病をしなくていいように

雨が降らないといいのに、とアルフォンスは思った。

15.コンビニ

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