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デート、に誘われたつもりでいた。

そして自分はそれに応じたつもりでいたのだが。

 

「さて…」

 

零は顔をあげると眼を細めた。

昼間に外出するのは久しぶりだが、9月にも入れば多少涼しく、日差しのきつさもやわらぎ始めている。

駅前の広場は休日ゆえに人通りが増えてきたが、零が腰かけている噴水の傍は待ち合わせとして使われることが多いため

人が来ては離れていくのでそう混雑はしない。

 

自分もそんな風に待ち合わせをしていたはずなのだが。

 

目線を下に戻して、スマホを見る。

表示された丸いフォントの時計は12:22を指していた。

 

すでに薫と昨日約束した時間を20分以上過ぎている。

いつも使っているトークアプリのチャットには既読がつかない。

 

ユニットでの練習や、学年の行事はふらふらと適当にこなしたりしても

"こういうこと"に関しては手を抜かない男だと思っていたのだが、

 

零はそこまで考えてから、ため息をついた。

所詮、自分の勝手な思い込みで、"そういうこと"ではなかったということだろうか。

指先に力を入れて、スマホの画面を切る。

 

「さて、どうしたものかのう。」

 

こういうことはずいぶんと久しぶりなので正しい対応がわからない。

電話をすればいいのかもしれないが気が向かない。

 

しばらく考えていると、遠くから自分を呼ぶ声がした。

顔をあげてみると、当の羽風薫がもの凄い形相で走ってきていた。

 

「…くはっ…なんじゃあの慌てようは…」

 

ぐるぐると渦巻いていた感情がぷすん、と抜けた気がした。

学校一軽く、遊び好きな男が取りつくろう余裕もなく、全身で『ごめんなさい、寝坊しました。』と表現している。

 

くつくつと笑っているうちに、薫が零の前に到着した。

両ひざに手をついて息を整うまで待ってやってから腕を組んで目線を合わせた。

 

「やっと来たか、寝ぼすけめ。」

「あー…怒ってるよ、ね?」

「怒っておらんよ。」

「ほんとごめん、朔間さん。外なのに待たせちゃって。」

 

薫は素直に謝った。

デート、のつもりだった。

それは相手にも伝わっているようだし、遅れるつもりはなかった。

なのに。ふっと眼を覚ましてスマホをみたら家を出る時間にかけてたアラームがなる直前だった。

 

嫌いな日光が照る中、待ちぼうけにしてしまった男は、ふぅ、と呆れとも安堵とも取れる息を吐くと微笑んだ。

 

「まぁ、構わんよ。人を待つというのもなかなか楽しいものじゃ。」

「…ほんとに?朔間さん怒ってないの?暑かったでしょ。」

 

ひたりと薫が零の頬に手を当てるが、走ってきた薫の方が体温が高いくらいだった。

 

「そうじゃな…一言云うてやろうとは思っておったが…必死に走ってくる薫くんを見たら愛しくて忘れてしもうたわ。」

「う…っ」

心底甘やかすような笑みで見つめられ、薫はさらに体温が上がった気がした。

「はあ…」

 

しかしこの人の真意は言葉だけでは測れないことを薫は知っている。

薫は前髪をかきあげ、気持ちを落ち着かせると、改めて零の手を両手で取り姿勢を正した。

 

「朔間さん、ごめんなさい。

 ホント反省してるし、念のために次から待ち合わせ場所は室内にしよ?

 それと、お詫びに美味しいものご馳走させて下さい。」

「……。」

零は不意をつかれてきょとんと眼を見開いていたが、やがて眼を猫のように細めてにんまりと笑った。

「そうじゃな…待ち合わせについては、うん、そうしようかの。

 美味しいものは…ふむ、先月練習をさぼって女のコと食べに行ったパンケーキを食べに連れて行ってもらおうかの?」

それで許してやろう。

 

先程の慈愛に満ちた、というよりは少し好戦的に見える眼に射抜かれて、薫は息を詰める。

 

無駄口はたたかなかった。

"何故そのことを知っているのか"なんて聞いたところで時間の無駄だろう。

言葉では責められなかったので謝罪もしないことにした。

とにかく今は、彼が望むことに集中しよう。

 

「…ハイ。仰せのままに。」

「よろしい。」

 

今度はにっこりと楽しげに笑うと、零はゆるくウェーブしたくせ毛を揺らして立ち上がると薫の手を握ったまま歩きだした。

 

「そうと決まれば行くぞ。」

「うわ、ちょっと待って、引っ張らないで!」

「早く行かねば上映時間に間に合わぬぞ?映画館に入る前に何か食べる時間もあるか…」

「ゴメンナサイ…」

遅刻のこととなると一気に沈んだ声を出す薫に、零はカラカラと笑った。

「…しかしまぁ…薫くんの中では、『次』があるのじゃな?」

「へ?」

零の質問の意図がわからず、薫は首をひねった。

 

「またデートしてくれないの?」

 

当然のように聞いてくる薫に、零はほんの少し憎らしさを感じる。

短い間だったがやきもきさせられた仕返しにすぐに返事はしてやらなかった。

 

「…ふふ、どうしようかの~」

「もう、ほんと…次は気をつけますから…」

「ん~しかし待つのは退屈じゃからのう。」

 

零は顎に手をあてて考えると、いいことを思いついた。

そうだ、それがいい。

 

「薫くんが我輩の条件を飲んでくれたら、してもいいがの…?」

「なに、条件って?」

 

零は歩みを遅くして、後ろからついてきていた薫との距離を詰める。

ふ、と薫の耳に零の息がかかる。

 

「その時は一緒の部屋から出発する、というのはどうじゃ…?」

「っ…!そ、れって…!」

 

零から見てもさっきの非にならないくらいに薫の頭に血が上る。

薫は咄嗟に立ち止まり口許に手の甲を当てていた。

 

「おやおや、何を想像したんじゃ、薫くんは~?」

「う…ほんと、たち悪いんですけど…」

「なんのことかのー?」

「…チェンジで。」

「サービス外じゃな。」

 

冷たく断ると、薫は片手で顔を隠して小声で呟いた。

 

「俺こういうのは慎重派なんだけどー…」

「たまには相手に合わせるのも良いぞ?」

 

陽の光は苦手だし、喧騒はキライだが、たまにはこうして出てくるのも悪くない。

 

何よりも、顔の整ったアイドル候補性が真っ赤になって往来で立ち止まっているのは中々の見物だった。

やくそく

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