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からっと晴れた空に、ちょうどいい気温。

両腕を掲げて思いっきりストレッチをすると、固まりっ放しだった関節がパキッと鳴って身体が伸びる。


テスト期間最終日、最後の科目が終わって学校から解放された生徒たちがわらわらと校舎を離れている。

まだお昼前だし、試験は全部終わったし、開放感と周囲の浮かれたムードに引っ張られて、どこかに寄り道して帰りたい気分だった。

思いっきり身体を動かしてもいいけどレッスンをする気分じゃない。

どこに行こうかふらふらと歩いていると前方を朔間さんが歩いていた。


こんな陽の高いうちに出歩いているなんて珍しい。


下校する生徒で賑わう中でぽつりとピンクの日傘が目立っている。

微妙に避けられてぽっかり日傘の周りだけ空いているのが可笑しかった。


「朔間さん!」


呼び掛けると朔間さんは振り向いて傘の下からひらひらと手を降ってくれた。

駆け足で追いつくと二人で並んで歩く。


「珍しいね、こんな時間に。」

「うむ…昨日は昼も夜もぐっすり寝てしまってな。朝から目が冴えて寝付けなくてのう…」

「うわ、それダメなやつじゃん。」


誰しもが一度はやってしまう典型的な昼夜逆転してしまうパターンだ。

このヒトの場合も昼夜逆転っていうのかな。

朔間さんの顔をのぞき込むと怠そうにしていた。


「じゃあテスト受けてたの?」

「今日の分はのぅ…半分くらい受けてないから追試じゃろうがな…」

「めんどくさくないの、それ。」

「夜にしてくれると助かるんじゃがのー…」

「入る学校を間違えてるよね、朔間さんは。ところで今起きてるとまた夜寝ちゃうんじゃない?」

「うーむ…しかし眠れぬのでな…しばし歩き回れば疲れるかと思って出てきてみたのじゃ。」

「ふぅん…あっ、それならさ、何か食べに行かない?俺すっごくお腹空いてるんだよねー。」

「うーん…そうじゃなー…」


迷っている朔間さんに、貸してと日傘に手を差し出す。

迷いもなく渡された傘を陽が当たらないように彼の頭上に傾けてやる。


「ランチメニュー一品にプラス500円で生ハム食べ放題。」

「生ハム…!」


怠そうだった朔間さんの眼がパッと開く。

三奇人だとか闇の魔王(笑)だとか物々しい二つ名で呼ばれている人だけど、付き合ってみると結構単純でわかりやすいヒトだと思う。

好きなコト、嫌いなコトくらいなら、くるくると変わる表情が良く物語ってくれる。


「決まりね。」


にっこり笑うと、朔間さんはちょっと考えてからを仕方ないなぁ、って感じの笑みを返してきた。

俺はこの人にこうやって甘やかしてもらうのが好きだ。

 


店の中は女性客やカップルが目立っていた。

華やかな雰囲気にピザ生地が焼けるイイ匂いがしている。

席は陽に当たらないようにお店の奥をお願いする。

快く案内された席について、水が運ばれてくるのを待っている間にくるくるとピンクの折りたたみ傘を畳む。

みんなが見慣れている学園内ならまだしも、流石に街中を歩くと随分振り向かれたり二度見されたりしてしまった。

男が男に日傘さしてて、それが可愛らしいピンク色って、傍から見たら確かに好奇心わくよね。

一度、なんでピンクなのか聞いてみたことがあるけど、むしろなんでそんな質問を?というような顔をされたのでそれ以上突っ込まなかった。

ヒトにはヒトのルールや決まり事があるものだしね。

そうしている間に目前の人はピッチャーに水を注いでくれた女の子ににっこりと笑ってお礼を云っている。


あ~、またそんな無駄に愛想振りまいちゃって。


「…ファンが増えるよ。」

「望むところじゃよ。」


しれっといいのけるところが憎々しい。

案の定、ウェイトレスの子は注文を受けたあとぽぉっとした表情でフロアに戻って行った。

一応人の目があるからか、朔間さんは校内で見せていたような気怠げな雰囲気はひっこめて背筋を伸ばしている。

でも、女の子が離れた途端肩がちょっと下がったのを見逃さなかった。


「あぁ…困ったのぅ…我輩このままじゃとひきこもり吸血鬼になってしまう。」

「印象は変わらないんじゃないかなぁ…」

「そんなことないぞ。それに昼間起きてたっていいことはないのじゃ…目は冴えてるのに身体が重くて仕方がない。」

「短時間で思いっきり身体を動してみるとか?」

「海へはいかぬよ。」

「あっ、バレた?」


流石にそれは乗ってくれないらしい。

残念。


軽いお喋りをしている間にランチが運ばれてくる。

朔間さんはサラダとスープのセット。

俺は白身魚と迷ったけどローストビーフのランチにした。

しんどそうにしてたくせに、生ハムバイキングの説明を受けると早々に軽い足取りで取りに行くのが可笑しかった。

朔間さんが席につくのを待ってから食べ始める。


「朔間さん、ローストビーフちょっと食べる?」


お皿を傾けて訊いてみたけど、ふるふると首を横に振られた。

もう生ハムを食べ始めてるらしい。フォークを咥えた口許がにんまりと曲線を描いてる。


「美味しい?」

「うむ…」


そこからは会話は少なめにそれぞれのメニューを食べ進めた。

女の子と食事するときはそうは行かないけど、相手が朔間さんだし。

もう生ハムに集中、っていうか夢中だし…あー…ちょっと顔が緩みすぎてるけど、まぁほっといて大丈夫かな。


お腹空いてるし、俺は俺でランチを楽しませてもらうことにする。

赤みが残った牛肉をフォークとナイフで小さく切り分けて口に入れる。

あ、美味しい。このお店覚えとこう。

お店によってはローストビーフには熱々のフライドポテトがついてたりするけど、ここはサラダとパンがついている。

小さな器に入ったソースは大根おろしが入っていてひんやりとした舌触りが気持いい。

ファーストフードも好きだけど色んな女の子やお姉さま方と遊ぶにはこういうランチが食べられるお洒落なカフェ情報も必須だ。


半分ほど食べてから、朔間さんの様子を伺うと食事を中断してよそ見をしているところだった。

脚を組んで、テーブルに肘をついて休憩している彼の姿は撮ったら雑誌の切り抜きみたいになりそうだった。

…いや、背中が丸まっててちょっと姿勢が悪いかな?
整った綺麗な顔が横を向いていて、目線が何かを追いかけている。

横から見るとホントむかつくくらい鼻が高い…ほんとに日本人かな。

あれ、日本人じゃないのか。吸血鬼とか魔王ってドコの国で生まれるんだろう。

 

とりとめないことを考えながら身体を少し傾ける。

朔間さんのナナメ後ろのテーブルにいる女性陣が口許に手を当てながらチラチラとこっちを見て会話を交わしてるのが見えた。

一人と眼が合ったのでにこっと笑顔を返すとキャアと可愛い声があがった。

もしかしたら彼女たちの目的は朔間さんだったかもしれないけど、今はきっと俺について言葉をかわしてるにちがいない。

そうそう、俺だってアイドル候補生だしね。容姿では負けてないはずだ。

いい気分で背筋を伸して食べるのに戻ると、今度は朔間さんと眼が合った。

ひと通り食べ終わったらしくサラダも生ハムも無くなってる。

フォークを皿の脇に避けて、スープが入ったマグを持ったままこっちを見てくる。

何か会話を振られるのかと思って咀嚼しながら待ってみたけど一向に口を開かないので取り敢えず食べ続ける。


食べ続ける、けど……えーっと…ずいぶん見てくるな…。

何、俺なんかこぼした?

 

もう一口、口に入れてゆっくり噛みながらこっそりテーブルと服をチェックしてみたけど別に汚れたりしていない。

相変わらず朔間さんは無言でこっちを見てる。

いくら人の視線に慣れてる俺でも…ちょっと…居心地が悪いんだけど。


「あの…朔間さん?」

「うん?」


いや、うん?じゃなくて。

もういいや、聞いちゃえ。


「さっきからすっごい見てきてない?なに?」

「あぁ…」


思い切って聞いてみたけど、朔間さんは何が気になるのか口許に手をやって考えている。


「薫くんは…よく家族と外食しておったのかのう。」

「は?」


唐突な質問タイム。

わけがわからないので一応答えてみる。


「はぁ…まぁそれなりに?」

「どちらかといえばレストランが多かったのかいの。」

「あーそうかも。でも和食も良く食べに行ってたよ。なんか部屋に通されて正座して食べる感じのとこ。」

「ふむ…聞いた感じ堅苦しそうじゃな。」

「そりゃあもう!おまけにうちって結構作法とか口うるさくって。まぁいろいろあって…中学くらいからあんまり参加してないかなぁ?」

「じゃあ…好き嫌いはどうかの?」

「あんまりないかなぁ…?」


正直、あんまり家族のこと話すのは好きじゃないんだけど、イエス・ノー2択の質問だし、つい答えてしまう。

一通り聞き終わると、朔間さんは一人でうんうんと頷きだした。


「…何かわかった?」

「ふむ。興味深いのう。」

「正直者に褒美はないんですか?」

「ふふ、いや、すまぬ…」


ちょっとおどけて胸に手を当てると笑われた。

答えを求めて朔間さんを見ていると、笑ったことを謝罪してからまた一つ頷いた。


「うん、薫くんはとても綺麗な食べ方をすると思ってのう。ご両親がどんな育て方をされたのか気になってな。」

「へ…」


唐突に褒められた。

一拍遅れてからそのことに気がついてじわじわと頭に血が上る。


「…あー…はいはい、薫くんはマナーがいいねって話しね?」


ちょっと声がうわずったけど、一応会話を成立させる。

嫌な予感がするからリアクションだけして、別の話題を振ってしまおう。


「うむ…見惚れるくらい綺麗に食べるし、薫くんが食べていると美味しそうに見える。ずっと見てたくなるから不思議じゃのう。」

「そ、そう…」

「実に不思議じゃ。我輩が真似たとこで同じように見えんじゃろうな。」

「そんなことないでしょ…」

「うーん、一体なにを食べて育てばそんなに愛しく育つのかいのう…」

「さくま、さんっ…」

「うん?」


馬鹿だこの人。

頭が茹だる。

とんでもない惚け方をしだした相手は涼しい顔でこっちを見ている。

一人でカッカさせられている俺って何?


悔しいからちょっと突っついてみる。


「それさぁ、俺の話じゃなくて朔間さんの主観が混ざりまくりだからそうみえるんじゃないの〜?」


もー俺のこと大好きなんだから、と茶化してみた。

すると、朔間さんはふむ、と顎に手を当てると紅い眼を細めてふんわりと微笑んだ。


「なるほど…。そうじゃな、薫くんの云う通りじゃ。大事に思っている相手が美味しそうに食事をしているとこんなに愛しい気持ちになるのか。」


なにこの狙撃手。

ずどんと胸に穴が空いたみたいで思わず自分のシャツを掴む。

店の喧騒とか、漂う匂いが一気に遠のいた。

何もかもいたたまれないんですけど。

前を見てられなくて俯くとプレートに残ったサラダと肉が眼に入る。


残ってるし。

いやいやいやいやいや。

この状況で?食べるの?マジで?


「どうした、薫くん。食べないのかのう?」

「…食べづらいよっ!」


思わずがばっと身体を起こすと、魔王が甘ったるい眼で頬杖をついて見守ってくる。

…このヒトもう全部わかっててやってるんじゃないの?
あんまり悔しいのでどうしたらその顔を崩せるのか考えてから一言、じゃあ食べさせてよと云ってみた。

 

 


愛を食べよう

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