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「てめぇ騙しただろ!!」

荒々しく部室の扉が開いたかと思うと罵声が飛んできた。

 

軽音部の部室となっている部屋には紅茶部からのお下がりの小さなソファーがある。

あまりの暑さに棺桶に入る気が失せた零ははみ出した脚をぶらぶらさせながらそこでうつ伏せになって寛いでいた。

革張りの茶色い光沢のある質感は、部室では少々浮いてしまうのだが、零はひんやりとした肌触りをのんびりと楽しんでいたのに。

 

「…おだやかではないのう…」

 

突然の騒音にむくりと上半身を起こすと、扉のすぐそばで肩を上下させている晃牙に手招きした。

「いきなりなんじゃ。ちーっと乱暴ではないか、ワンコよ。」

「いきなりもクソもねーよ、このエセ吸血鬼!よくも俺様を騙したな!」

頬杖をついてあくびをかみ殺している間に、晃牙が近づいてきながらぎゃんぎゃんと吠え始める。

どうやら何かの苗について文句を云われていることだけ把握できた。

 

「あぁ、よしよし。わかったからちょっとボリュームを下げてくれんかの。」

「やかましい、このペテン師!俺様の労力と時間を返せ!てめーが苦手だっつーから俺は…俺様は…!!」

怒りのあまりに前にたたずんでワナワナし始めた晃牙を見上げる。

ついさっきまで外にいたのだろう。そして零にとっては信じられないことだが、外からここまで走ってきたのだろう。

晃牙の額や顎には汗が連なっていて、今にも滴り落ちそうになっている。

「なんだってあんな鼻がひん曲がりそうなモン育てなきゃなんねーんだ…!」

「…お主が、苦手なものを聞くから答えたまでじゃろ…ワンコまでニンニクに弱いなんて知らんよ。」

 

仕方のないコじゃのう、とため息をつくがそれは晃牙の眼にはふてぶてしく映ったらしい。

晃牙は一層険しい顔をすると歯をむき出しにして零の襟首に掴みかかってくる。

 

「人を馬鹿にしやがって!表でやがれ!」

「あー…これこれ…」

 

正直晃牙との戯れは嫌いではなかったが、いかんせん、今日は暑い。

 

外は35度を超えようかとしている。

夕方が近くなって茹だるような熱気は和らいでもまだ蒸し暑い。

そして目前の子供は暑苦しい見た目で暑苦しい怒り方をしてくる。

 

朔間零は暑いのは嫌いなのだ。

 

「…仕方ないのう…とっておきの秘密を教えてやるからそれで我慢せい。」

「あァ?もう騙されるわけねーだろ。」

「信じる信じないはお主の自由じゃがな、今から教えるものを育てることができれば我輩は参るじゃろうな。」

 

まぁ本当は云いたくないんじゃがな~ワンコがあんまりにも怒るからの~

と語尾を伸ばして晃牙の様子を伺う。

 

「それに、難しいからワンコに育てられるかはわからんがなー…」

「…なんだよ。云ってみろよ。」

 

喧嘩腰だった声がやや落ち着くのが見えて、零は声を落としてゆっくりとその名前を告げる。

 

「恐ろしいから一度しか云わぬよ…それはな、フルティカという植物じゃ。」

「なんだそれ…聞いたことねーぞ」

「まぁ限られた者しか買わぬからのう…そこらに生えてるものでもないし…」

 

フルティカ、フルティカと晃牙は何度か口の中で復唱する。

聞いたことのない植物だが、不思議な響きが気に行った。

心なしか禍々しさすら含んでる気がした。

 

マ…なんとかゴラとか、そういうやつの親戚だろうか。

晃牙は新たなてがかりに怒りをひっこめた。

 

そんな"禍々しい"植物が簡単に販売されているかは今の晃牙の頭には無い。

 

「それがてめーの弱点なんだな?」

 

金色の眼がキラキラと零を見つめる。

零は応える代わりに口許を片手で隠して眉をひそめた。

 

「ニンニクのように匂いはないんじゃがのー…」

「完璧じゃねーか!首洗って待ってろよクソ吸血鬼!」

 

零の言葉を最後まで聞かずに、自称孤高の狼が走り去っていく。

ハーッハッハッハ!と高らかな笑い声が廊下に響いた。

 

「…ドアくらい閉めていかんか。」

 

零は口許に当てていた手をだらりと下ろす。

あけっぱなしのドアは気になるが、そのうちに双子のうちどちらか(もしくは二人とも)が来るだろう。

何よりも立ちあがってドアを閉めてまたソファーまで戻ってくるのがとんでもなく面倒くさい。

それよりも、ようやく静かになった部屋で先ほどの晃牙との会話を反芻する。

 

「怒るじゃろな~…」

 

しかし騒がしい子供を追い払ったおかげで室温は下がった気がする。

目的は達成されたのだ。

再び眠気が忍び寄ってきてあくびを促す。

 

「ふあぁ、ふ…まぁ嘘は云っとらんからの。」

 

今から育てて実がつくのはいつ頃だろうか。

赤くてまんまるい実を思い描きながら零は再びまどろみに沈んだ。

​next(おまけの会話文)

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