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「エビフライのような頭だね。」
 

真顔でそう云われて、こいつに口説かれる女は大層気の毒だなと思った。

 

「…ナニ云ってんだアンタ。」

 

なんつー口説き下手だよ。

これでオトされる女なんているのか?

 

「いや…後ろから見ていたらその三編みがエビのようでね。」

「あそーヨカッタな。」

「良くない。おかげでエビフライが食べたくなってしまった。」

「食えば?とめねーし。」

「そうだな。我慢は体に良くない。」

ガタンと堅そうな椅子を鳴らして、目の前の男が立ち上がるのをみて、俺はくるりと身体を返した。

「じゃ、俺はこれで。」

用も済んだことだし、と足を踏み出す前に肩にぽん、と手を置かれた。

「待ちなさい。君のせいだぞ。責任をとって付き合いたまえ。」


 

二、三言葉を交わしてから、口説かれてんのは俺か!!


 

と、気づいて驚愕した。


 

なんっつー口説き下手だ!!

「なぁ…この辺でエビフライが食べれるところってどこだろう。」

「知らねーよ…」

風の冷たさに背中を丸めて足を進める。

何が悲しくてこんな寒い中街の中を歩かなきゃならない…

それも大佐と肩を並べてってのがますますサムイ…

ちらりとななめ上に眼をやると、眼が合った。

「なんだよ…」

「いや…君なら知っていると思ったのにな。」

「は?旅ばっかしててこの辺詳しくないし…むしろアンタの方が知ってんだろ。」

「あいにくお子様ランチはもう二十年以上食べてないのでね。」

「だ れ がっ、中央に着く度にウキウキわくわくと地方じゃ味わえない都会のお子様ランチを食べててもナチュラルすぎて店員に怪しまれもしないウルトラハイパーどちびかぁああ!!!」

「あっ、あれを見たまえ鋼の」

「話を聞かんかぁーい!!!」

 

わざとか?わざとだな!?

くらえっ、鋼鉄の飛び蹴りッ!!





 

「あ~疲れた…。」

じゅじゅーっとストローからアイスティーを吸い込んで喉をうるおす。

椅子に横向きに座って足を組んでテーブルの上の皿の合間に片肘をつく。

脳裏でアルが目くじら立てて「行儀悪いっ!」って怒ってんのが見えたけど、今の俺には行儀よく座って正面向く気はない。

あってたまるかっ!

 

「まだ一時間も経っていないだろうに。」

 

疲労の原因はお前だっつーの。

あれからこのアホボケクソ無能大佐は何かにつけてヒトをばかにしてくれやがりました。

 

『そんな姿では服を探すのも一苦労じゃないかね?』

 

とか、

 

『おお、見てみろこのマフラー!ほら、広げるとお前よりも長い。』

 

とかっ、

 

『人ごみに紛れると一生見つけれる気がしないな…頼むから迷子になってくれるなよ?』

 

だとかっ…!

 

いちいち怒ってりゃ身が持たないのはわかってたけど、手頃な店を見つけて席につくまでほとんど俺は怒鳴りっぱなしだった。

怒ってばっかだわ、慣れない相手に気ィ遣うわで食事を摂ってるっつーのに俺はすっかり疲弊しきっていた。

始終ご機嫌な目の前の男を睨みつける気力もわいてこない。

 

つか、なんでこんなことになったんだっけ…?

 

「鋼の。口許にソースがついている。」

「付けてんだよっ。ファッションだ、ファッション!」

「君は…怒ってばっかりだな。」

 

手に握ったフォークでぶすりとパスタのミートボールに突き立てる。

いっそてめーに突き刺してやろうか…?

 

「だれが怒らせてんだ…?」

「私だな。」

 

何がおかしいのか、くるくるとフォークにエビクリームのパスタ巻き取りながら(エビフライは無かったらしい)大佐は少し笑ってから答えた。

 

「…アンタはずいぶんご機嫌だな。」

「あぁ…楽しいからね。」

 

不満のつもりで云ったのに、そう返されて俺はしばし止まってしまった。

 

たのしい?

 

俺と居て?

 

カチン、と皿にフォークが当たる音に我に返る。

おいおいおいおいしっかりしろ俺。

バカか?

『俺と居て?』じゃねーよ。

俺のこと一時間もずっとバカにできるからそりゃ楽しいにきまってんだろうが。

「お…俺は疲れるね。」

「そうか。まぁ安心したまえ。これを食べたら仕事に戻るよ。」

「あそ。」

っつーことはこれでコイツの休み時間はオワリってことかよ。

…休めてなくねーか?

いや、どうでもいいんだけどよ。

眉間に皺をよせてぐるぐると考えていると、コールドチキンをつついていた大佐が不意に顔を上げてきた。

慌てて眼が合う前に身体ごと横を向く。

 

ガサッ

 

動いた拍子に、足許に置いてあった紙袋が足に当たった。

 

「あっと…」

 

倒れそうになったそれを手にとって立て直す。

ちらりと中身が見えて眉間の皺が増える。

 

「…つ、っつーかさぁ。こんなの買い与えてどうしたいんだよ。」

「ん?」

 

茶色の紙袋の中身はついさっき俺よりも長いとひろげて遊んでいた赤色のマフラー。

一通り俺を怒らせると、何を思ったのか奴は元の棚に戻さずにそれをレジに運んだ。

受け狙いで購入したんだろうが…無駄に金使ってんじゃねーよ。

 

「ふむ…目的を聞かれているのかな。」

 

食べ終わって口元を拭きながら男は考えるそぶりをみせる。

相変わらずにこにこしていて居心地が悪い。

 

「いや、やっぱいいわ。」

「そうか?」

「とにかくっ。無駄に金使うな。」

「無駄ではないよ。」

「は?」

「無駄じゃない。お前に買ったんだ。」

「……。」

 

眼を点にして聞き返した俺に、冷静な返答。

そんな当たり前だろ、みたいな顔して云われても…

 

「は…ははは!何いってんだよバーカ!!オラ!食い終わったんなら行くぞっ!」

「なんだ。せっかちだな。」

「パッと食ってパッと出る!俺の分いくらだ!?」

「あぁ、いい。付き合わせたからな。おごるよ。」

「~~っ…」

 

だぁあああ!!!

もう限界じゃ!!!

なにが!!したいんだよ、この男はッ!!?

 

伝票に伸ばした俺の手は、所在なく宙に浮いている。

 

「あ…のなァ…」

「なんだ?」

 

その手を顔に持っていく。

もはや居心地が悪過ぎてどんな顔すりゃーいいのかわかんねぇよ…。

 

「あのさ、イミ、わかんねーんだけど。こんなことされてもさ。」

「こんなこと?」

「だから!モノ買ったり、メシおごったり!」

「はぁ。」

「はぁ、じゃねぇよ!何企んでんだよッ。何がしたい!?」

「別に…どうこうしようと思っているわけではないが?」

眼を閉じて肩をすくめて椅子にもたれてさらりと答える。

嘘だね。アンタが目的もなくこんなことするワケがねー。

 

「…答えねーってわけ?」

「答えただろう?」

「…はっ。まーいいケド。」

 

いずれ暴いてやる。

絶対ハマってやるもんかっ。

 

「そんなに警戒しなくても…たまにはいいだろうに。」

「ヘッ。甘やかしてもイイことないぜ?」

 

ストローを噛みながら云うと、何故か大佐は一瞬きょとんとした顔をした。

それから、いつも部屋でしてるように、肘をつき、口許で両手を組む。

「…これは甘やかしてるんじゃない。愛してるんだ。」

「っ…!!」

カッと顔が熱くなった。
 

いや、キレてんだよな?
 

そうだよな!?
 

俺は怒ってるんだ!
 

「うっ……ば、ばっかじゃねーの!?さむッ!うわっ、トリハダ!」

 

テーブルや椅子に当たりながら俺は後ずさりする。

冗談じゃない!カンベンしてくれ!

 

「なんとでも云えガキ。」

「うるせ、口説きベタ!」

「なんだそれ。」

「知るかッ!」

 

もう構ってられるかっ。

俺は荷物を取ると早足に店を出た。

一刻も早く帰る!帰るったら帰る!

 

「こら、待て鋼の。」

 

ポケットに突っこんでいた手を抜かれる。

ガサリと乾いた音で渡されたのはさっきの紙袋。

 

「……。」

「そんな顔をするなというのに。買ったのが私だということを忘れてしまえばいいだろう。」

「なんでそんなことしてまで持ち歩かなきゃなんねーんだよ…」

「首に巻くと暖かいぞ。」

「っ、」

 

するりと脇を抜けて大佐が前を歩きだす。

 

「こら待ちやがれっ…こ、こんなことされても困るっ!」

「ほう?どんなふうに困る?」

 

見下ろしてくる表情がいつの間にかいつもの嫌な顔になっている。

 

むかつく。

 

むかつく!


 

誰がお前を好きになるかッ!!


 

「すっげー困るッ!!」

​右に口説き下手、左に意地っ張り

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