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最初の一撃で、右腕が弾けた。


 

パァンと呆気なく外れた腕が地面を叩く前に腹から胸へ、ジャッと熱い線が走った。


 

ぶつぶつと肉が切れる。


 

痛いって思う前に、力が抜けた。

炭鉱、新しい公共施設、軍事施設、発掘現場。

たまに俺のところに視察の任務が舞い込んで来る。

大概専門の知識がないと調査できない場合。

あとは国家錬金術師でなくても事足りる。

興味があれば飛んでいくが、大体身分は隠して行く。

何故かって、こういうコトになりやすいからだ。

じくじくと傷む腹を押さえながら俺は隣りをみた。

俺の枕元に座ったそいつは、かれこれ5時間は同じ体勢と表情でいる。

「…あーるー…」

「…うっ…ぐすっ…」

「泣くなよー…」

 

俺の呟きに、アルはくわっと歯をむく。

 

「泣いてませんッ!!」

「いや泣いてるだろ…」

「泣いてませんッ!!誰がこんな…こんな無茶ばっかりしていうこと聞かないで自分を顧みない心配ばっっっかり!かけるバカ兄の為に泣くかッ!」

「とりあえず落ち着け。」

 

涙をぼとぼと零しながら怒る弟を宥めるために右腕をあげようとして、外れてしまったのを思い出す。

細かい傷が沢山ついてしまったそれは、テーブルに置かれていた。

 

「…腕、帰ってからだからね。」

「ん。ウィンリィに見てもらわねーとな。アイツ綺麗にジョイント部分狙って来やがるしなぁーもうムカツクぜ。」

「それだけ向こうは調べがついてたってことだろ。」

 

下手に国家錬金術師を名乗ると軍に何らかの恨みをもつ奴等に付け回されたりする。

銀時計や、名声狙いの奴もいるわけだが、そんな輩にこの俺が負けるわけが無い。

 

…いつもなら。

 

「ツイてねぇなぁ…」

「ついてるついてないの問題じゃない…」

 

俺が思わず呟くと、枕元からメラッと殺気が押し寄せて来た。

あついあつい。つか怖いってお前。

「…アルー?わかってると思うけど、」

「わかりませんよっ!全っ然!わかりませんっ!」

 

バンッ、とアルの手が壁を叩く。

 

「何であんなふうに突っ込んでいったりしたんだよ、ストップかけただろ!?」

「もう跳んだ後だったろうが。」

「跳ぶ前にいっただ、ろっ。」

 

みしみしみしっとアルの手の中でベッドが悲鳴をあげる。

 

「わぁ待て待てアル!」

「待ちませんッ!」

 

今にも素手でベッドを解体しかねない弟に、俺は左手を伸ばした。

ひたり、と濡れた頬に手を当てた。

 

「アル。わかってる。ごめん。」

「…っ…」

「ごめん、な?」

 

身体の下のベッドはとりあえず形を保っている。

ゴウゴウ燃えていた殺気は徐々に薄らいで鎮火していく。アルフォンスは深い溜め息をつくと腰を降ろした。

まだハラハラと涙が零れるのを、額に乗せられていた濡れタオルで拭いてやる。

 

「…僕はいいのっ。」

「でもお前顔ぐちゃぐちゃ。」

「いいのっ。」

 

そういいつつもされるがままの弟が愛しくて、頭を撫でてやると、パラパラと土埃が落ちて来た。

そういえばこいつコートすら脱いでない。

「兄さんが…倒れた時…僕死ぬかと思った…」

「なんでお前が死ぬんだよ。」

「死ぬほど怖かったんだよっ。」

死ぬ程怖かった、なんてか弱いことを宣う弟は、俺が倒れた時既に相手に飛び掛かり頭に強烈な蹴りを入れていたはずだが。

さっき見舞いにきた曹長の話だと半殺し強ってな具合らしい。

きっと俺を病院に運ぶ為にボコるのを早めに切り上げたんだろう。

そんな凶暴な様子は1ミリもみせず、今弟は俺の枕元で眼を濡らしている。

土埃が落ちるのも構わずにわしわしと頭を撫でてやるとほんの少し表情が和らいだ。

 

「…タオルは?」

「ん?いや、今はいい。」

「わかった。」

 

こくんと頷いてアルはタオルを洗いに洗面台へ向かった。

俺はしばらくの間、ざぶざぶとタオルを洗うその背中を眺める。

 

「…俺もさぁ…」

「うん?」

「死ぬのかと思った。」

「……。」

 

黙ったまま、きゅっと蛇口を閉じてアルは椅子に戻ってきた。

 

「血がどんどん出て行くし力は入らねーし、痛いしでよ。」

「…そりゃ痛いでしょう。」

「痛いのは痛いんだけどよ、それよりも力抜けてくのが怖かったなぁ。」

 

あの時、いっぺんに色んなことを考えた気がする。

 

「なんかマジかよ、って感じでよ。それ以上なんも考えられなかったわ。」

 

言葉を区切ると、アルがほっと息を吐いた。

 

「良かった…」

「は?」

 

何がだ?とクェスチョンマークを浮かべている間に、アルフォンスは身を折って俺の左腕を両手で包み込んだ。

 

「死ぬって思って…ホッとしたって…いわれたらまた泣くところだった…」

「はぁ?おいおいアルフォンス、俺には自殺願望はないぞ。」

「そうだけどっ!…違うくって良かった。」

 

そういう弟の声は滲んでいて、結局また新しい涙でシーツを濡らしている。

『貴方が死ぬと哀しい』のだと、身体全部で訴えて来る弟が愛しくなった。

 

「あぁあ、もう…はいはい。兄ちゃんは死んでませんよー」

「バカ兄…」

「どうせバカで特攻隊隊長ですよー。」

「自重してよっ」

「はっは、今更無理ですよー」

「ばかっ!」

 

パチン、と頭を撫でていた手を払われた。

どうでもいいけどこれ以上泣かせたら目玉どころか顔ごと溶けそうだ。

 

死ぬのかと思った時、驚愕以外何も浮かばなかった。

アルの名前を呼びたくても呼べなかった。

実際、死ぬんだなとわかったり、走馬燈が流れて死んでく奴はどれくらいいるんだって話だ。

 

死は唐突だ。

わかっていたけど忘れていた。

平和ボケってこういうコトか?

 

「…兄さん今何考えてるの。」

 

責めるような、拗ねたような顔と口調。

気がつけばアルフォンスに顔を覗き込まれていた。

 

「…なにも?」

「嘘つき。わかるんだからね。」

「まぁそう拗ねるなよ。日々悔いのない様に生きようなって話だ。

 わかってるつもりだったんだけどさ…なんか忘れてたわ。」

「僕は貴方といると後悔ばかりな気がするよ…。」

「あっ酷ぇ。」

「どっちが!

 未練のないように生きたければまず安静っ。きちんと完治させないと行動禁止だからねっ。」

 

ぴしゃりと言い放つ弟が少し恨めしくなってまたからかいの言葉を口に乗せる。

 

「へぇ…そんで?完治後は俺とお前二人に未練が残らないように生きんの?」

 

振り向いた弟の眼は半分据わっていた。

 

「そうだよ。」

 

それからにっこりと花の様な笑み。

 

「……あれ。」

 

からかうつもりで投げた言葉は見事なUターンをみせて俺の足許に墓穴という穴をあけた。

 

「期待してるからね、兄さん?」

 

優しいけれど何処か鋭さを感じさせる笑みに、俺は中央所属の中尉を思い出した。
 

とりあえずしばらくの間は戦闘は弟に任そうと…思う。

​非回転走馬灯

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