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僕は彼の事はエドワードさん、とフルで、さん付けで呼ぶ。


 

今までそう呼ばれたことがないのか、最初の頃はとても複雑な顔をしていた。


 

今でもやっぱり気にしているみたいで、時々そのことを云われる。


 

…自分だって人のこと云えないくせにね。

「はい、エドワードさん。」

「おう……なぁ、ハイデリッヒ。」

「はい?なんですか?」

 

振り向くと、エドワードさんは手渡された資料を口許に当てて、ちょっと首を傾けた。

(最近気づいたけどこの首を傾けるのはどうも彼の癖らしい。)

「お前ってさー生真面目だよなー。っつーか几帳面?」

「…はぁ…そうですか?」

まぁロケットに注ぐ真面目さと愛情は誰にも負けるつもりはないけど、彼の表情と口調から褒められているのかなんなのかが微妙にわからない。

「いいこと…ですよね?」

「ん?いやさぁ、お前俺がいっこ年上だって知ってからきっちり敬語使ってるしよ。」

「年長者を敬うのは当たり前でしょう。」

「お前俺より長くロケット工学勉強してんじゃん。」

「それでもエドワードさんの発想にはいつも唸らされますよ。」

「あとそれ!」

ビッ、と指を指されて思わず身を引いてしまう。

じっと金色の眼が覗き込んでくる。

彼の眼力はとても強くて、出来ればそうやって真っ直ぐ僕を射抜いてくるのはやめて欲しい。

とても居心地が悪くなるんだ。

 

「どれ…ですか?」

「エドでいいって何べんも云ってんのに。“エドワードさん”なんて長いだろうが。

たとえば俺の上に鉄骨が10本くらいまとめて落ちてきたとして、危なーいって声かけようと思ったって、そんな長かったら云い終わる前に俺自分で気づいて避けちまうぜ?」

「気づくんならいいじゃないですか。」

 

そうじゃなくて!とエドワードさんは資料をパンッ、と叩く。

話の外れ方が乱暴なのも戻し方が乱暴なのもいつものことだ。

僕もだいぶこの人に慣れてきたなぁ。

 

「うーん…でもなぁ…」

「なんだよ…。他の奴らもエドって呼ぶぜ?むしろお前だけだぞわざわざフルで“さん”までつけてんの。」

「エドワードさんは嫌ですか?」

「やー…いやっていうかよー…疲れねぇの、お前?」

「敬称は本当に尊敬してるからですよ。仮にも年上ですし。」

「今仮にもって云った?」

「それに、」

「聞けコラ」

 

本当に尊敬してるのかと、おでこを狙って突き出された手刀を両手で受け止めながら僕は続けた。

(妙に俊敏に動く彼のおかげで僕もおよそ日常生活に必要のない妙な技を身に着けていた。)

 

「それにね、名前って親から意味を込められて授かるものでしょう?」

「お?おぉ…」

 

僕にダメージを与えるのに失敗した左手は僕の両手をすり抜けて戻っていく。

 

「…そうやって大切につけられた名前は、きちんと呼んでこそ意味を発揮するんだと思うんですよ。

 せっかくの良い名なんですしね。全部発音しないとその人に悪いです。」

 

「……。」

「だから“エドワードさん”なんです。ね?」

 

僕の言葉の後に、彼は一瞬呆けたような顔をしていたが、やがてゆっくりと口許が緩んだ。

くすり、と笑いが零れる。しょうがないな、とか、そんな感じの笑い声。

 

「そ、だな。お前の云う通りだな…アルフォンス。」
 

アルフォンス。

そう彼の口から、そう発音された名前に小さく心臓が跳ねた。

嬉しい。

まさか僕の意見を聞いて彼が呼び方を変えてくるとは思わなかったから、素直にそう思う。

嬉しい、と。
 

「そうですよ。エドワードさん。」

 

感情をそのまま反映した声でそういうと、彼はまた笑いをもらした。

 

「ったく、お前には負ける。」

「何がですか?」

「いや…やっぱ真面目だなーと思ってよ。」

「だからっ、いいことでしょう?何でそう駄目なことみたいにいうんですかっ。」

僕が食ってかかると、エドワードさんはおかしそうに、声をあげてカラカラと笑った。

​名を呼んだ、その後に

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