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チョコにバニラにマーブル。

イチゴ、ラズベリー、レモン、ミント。

紅茶、コーヒー、モカ。

ナッツ入り、


マシュマロ入り、


ベリー入り。

チョコチップにクッキークリーム。

まぁるくて冷たい。色とりどり。


むしろ、よりどりみどり?

「う~…」


ベージュ色で統一された部屋の隅。

ベッドの上。

先ほどから不気味な唸り声がもこもこに丸まった毛布から漏れている。


「あうー…う”ー…」


何度目かの唸り声に、反対側に腰掛けていた僕は、ぱたりと音をたてて本を閉じた。


「……兄さん。腹ペコ青虫のお話を覚えてる?」


ぴたり。


くぐもった唸り声が止んで沈黙が訪れる。


「はじめは生まれたての青虫が、まわりの葉っぱを食べていくんだよね。」


僕は構わずに話を始める。

にこにこと、声に弾みさえつけて。


「それで、少し成長したら今度は色んなものを食べ始めるんだよね。毎日毎日、少しずつ食べる量は増えていって、」


もぞっ、と毛布の塊が身じろいだ。


「ある日、食べすぎた青虫はその夜にお腹が痛くなって泣いてしまいます。」


もぞもぞ。何故か毛布が後ずさりを始めた。

その姿は青虫、というよりもむしろ芋虫。


「その日青虫が食べた物といえば。

リンゴにバナナにオレンジに、パンにクッキーにケーキ、それから…アイスクリーム。」


びくっ。壁際にぴったりとくっついていた毛布の塊が小さく跳ねた。


「さてココで問題です。

 その後青虫はどうなったでしょうか。」


僕が声を落として今までの調子から一転、低い声でそう尋ねると、毛布がぐぐっ、身を縮めた。

それでも沈黙する毛布もとい兄に、僕は立ち上がってベッドに近づくと毛布の端を掴んだ。


「兄さん」


あっさりと持ち上がった毛布の下で、丸くなった体勢のままこっちを見上げてくる兄さんの姿があった。

両手でお腹を抱えているあたり、僕の推理は当たっている様だ。


「…一体いくつアイスクリームを食べたんだよ。」

推理、なんて程のものじゃないけどね。この場合。
昼過ぎについた町はたまたまお祭の真っ最中だった。


広場では人が集まり、大道芸やパントマイムや色んなパフォーマンスがされる傍らで、様々な出店が出ていた。

中でも兄をひき付けたのは、アイルクリーム屋。


この兄は昔っからアイスクリームにだけは目が無い。

ミントグリーンの車にピンクのペンキででかでかとアイスの絵が描かれた車に一目散に走っていく兄の姿は小さい頃とこれっぽっちも変わらなかった。

車について、ガラスケースを覗き込んでいた時の表情も。

兄さんのことだから何にするか決めるのに凄く時間がかかるだろうな、と思ってその間に宿を取ってくるからと離れたのがまずかった。


見張りが居ないとわかった兄さんは後のことも考えずに欲しいと思った分だけ、

カラフルなアイスを幾つも幾つも、ぱくぱくとお腹に納めてしまったのだ。


「アル~…」

 

兄さんはしばらく毛布に包まっていたからか、具合が悪そうにもかかわらず顔色はそう悪く無かった。

それでも、いつもよりは血の気はない感じだけど。


「それで?幾つ食べたの?」

「ぅ…み、三つ…」

「なんだって?」

「み、っつ…」

「…兄さん?」


声だけで凄んで見せると、兄さんはシーツに顔を押し付けるようにして顔をそむけてから、

左手で指を4本立てた。


「はぁ…この期におよんでまだ嘘つく?」

「か、買ったのは四つだけだって!」

「その後おまけしてもらってただろ。」


反論するためにがばりと顔を上げていた兄さんがぐっ、と怯む。


「う゛っ…な、なんで、」

「見てないと思ったら大間違いだからね!味だって知ってるよ。チョコチップのマシュマロ入りのやつだろっ。」


正確には後からアイスクリーム屋のお姉さんに聞いたんだけど、それは云わないでおく。

こういうのはわからないようにする方が効果があるんだ。


「お…美味しいっていったら、多めに入れてくれただけ…」

「一玉分ね。」

「同じ、あじ…」

「ふーん。同じ味だったからカウントに入らないと?」


腰に手を当てて返事を待っていると、がっくりと兄さんがシーツに顔から突っ伏した。


「すみませんでした…。」

 

ようやく陥落。

まぁこの意地っ張りの兄にしては早い方だろう。


「…ほら、手を貸して。」

「うぅう~あるぅ~…」


怒りをしまって手を差し出すと、兄さんは金色の目に涙を浮かべて掴まってきた。


「アルー腹が痛いぃー。」

「泣くほど痛いならそんなに食べなきゃいいだろ。」

「うぅー…」


僕の身体に直接触れない様に、注意して兄さんを毛布に包んでからそっと抱き上げた。

あまり揺らさないようにしながら、さっきまで僕が座っていたベッドのカバーと毛布を捲る。

そこにはさっき宿の人に頼んで貸してもらった湯たんぽが置いてある。

ベッドに兄さんを降ろして、ぬくもった毛布で包みなおしてから、湯たんぽを手渡す。


「はい、これ持って。」

「ん…。」


兄さんがそれを毛布の中に仕舞いこんだのを確認してから、机の上に置いてあったマグカップと、小さな包みをつまみあげる。


「それと、わかってるよね?」

「……。」

「兄さん?」

「うー…」


顔の下半分を毛布に埋めながら兄さんが嫌そうに頷く。

それから、ごそごそと動いて、ゆっくりと毛布の隙間から両手を出してくる。

その手に、ぬるま湯が入ったマグと、粉薬を置く。


「げっ…粉ぁ?」

「文句云わない。」

「絶対喉につまる…絶対飲み込めない…」


錠剤を出したってそれはそれで飲み込めないくせに。

残念ながら世の中の何処を探したってシロップの腹痛止めはありません。

あったらとっくに買い占めてます。


「っ…けほ…うぇ~」

「ちゃんと飲んだ?」

「のんら…」


咳きこむ声に振り向いてみると、兄さんは苦さに顔をしかめて舌を出していた。

その舌を親指と、曲げた人差し指の間で挟み込んでやった。


「ん゛っ、」

「苦いのも痛いのも嫌なら次はもう少し考えて食べなさい。」

「ふぇあおう、う~」

「何云っても無駄だよ。わかんないから。」

「んーっ!」


身を引いて逃げようとしたので、舌を解放してやると、兄さんはまた捕まれないうちに口の中にそれをしまった。


「はい。こっちのベッドの方があったかいからこっちで寝て。」


枕の位置を直してそう云ったけど、兄さんは2枚の毛布に埋もれたまま動かない。


「どうしたの?」

「…ル、の…」

「え?」


良く聞こえなくて、むくむくの塊に頭を寄せると、いつの間にか伸ばされていた両腕にぐいっと引き寄せられた。


「アル、の膝がいいっ。」


弱って甘えモードになっているのか、命令に近い口調で云われた僕は云われるままにベッドに腰を下ろして、

さっきと同じように兄さんを抱き上げた。

 

「僕よりもベッドの方がずっと暖かいし寝心地がいいのに。」

「いい。」

「身体冷えちゃうよ?」

「湯たんぽ、もってるから、いい。」


それから僕の身体に頭を押し付けて、アルがいいんだ、と云うので、僕はそれ以上なにも云えなくなった。
怒ったり、云う事聞きなさい、なんて口では云ってはいるけど、基本的にはこの人には逆らえないのだ。


結局は、云いなり。
せめて少しでも寝心地がいいように、枕を引き寄せて兄さんの身体の下に敷いてみた。


「少しはまし?」

「ん…。」


頭を傾けて、眼を閉じるので、僕はそっと手を伸ばして三つ編みを止めているゴムを緩めた。

散々毛布中で動き回ったせいで、ぐちゃぐちゃになったそれを、ひっかけないように注意しながらほどいていく。


「兄さん?ちゃんと反省してよね。」

「んー…。」

「いい歳して胃薬と腹痛の薬が手放せないってどうなんだよ、実際。ホント、両極端なんだから、兄さんは。」

「んん~…ごめんなさいもうしません…」

「それ、何回聞いたと思ってるんだよ。」


なんて、丁寧に髪を梳いてやりながら云っても全然説得力ないんだろうけどなぁ。
なんとかならないかな、僕のこのちぐはぐなところ。

「…、だ」

 

ぼんやりと考えていると、兄さんの声が思考を掠めて、慌てて聞き返す。


「ごめん、何?」

「なつかしかった、んだ。」

「…アイスのこと?」

「うん…。色んな種類、あった。昔食べたのと同じやつも、」

「うん。」


身体が温まってきたのか、口調がゆっくりとしたものになってきている。

言葉を途切れ途切れに云い始めるのは、兄さんが眠たい証拠。

案の定、覗き込んでみると、いつもは強気な光を放つ金色の眼は、今はとろりと眠たげな蜂蜜色に滲んでいた。


「おぼえてる、か?母さんと、住んでる時、食べた」


母さんと住んでる時、と彼は表現した。


「夏になると時々来てたよね。アイスクリームの車。」

「アルが、お前が良く食べてた味も、あった」

「…そう。美味しかった?」


質問に、兄さんは緩く首を左右に振った。


「たべて、ない。」


ゆるゆる。

首を振ってからそのまま項垂れた。

解いて梳かれた髪がさらさらと零れて白い項があらわになる。


「えらべ、なかった。」

「…そう。」

「ん…でも…おまえ、に…見せたかっ…」

「うん。ごめんね、離れて。」

「ちが…う。俺が、ごめん…」


眠りの世界へ運ばれそうになりながら、もう一度小さく、ごめん。と謝ってから兄さんは細く息を吐き出した。


「…このまま寝るの?」

「ん…」

「わかった。おやすみ。」

「あした、」


その続きは、ぽそぽそと毛布の隙間に零れて落ちていったけど、なんとなく云いたいことは予想がついた。


そうだね。明日元気になったらね。

それで、まだあの場所に車が止まっていたら、一緒に見に行こう。


その時は、僕の代わりに、僕が好きだったアイスを食べてみてね。

味はもう思い出せないけど、

とっても美味しかったことだけは、覚えているんだよ。

The Very Hungry Caterpillar

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