鋼錬、あんスタ、ぬら孫のBL二次創作サイトです
数日前にかかってきた一本の電話。
機密事項だからレポートは必ず手で渡しに来いというお達しを律義に守って、
この間中央へ行って来た俺だったが、どうやら別紙で作った注釈をつけ忘れたらしい。
幾つもの嫌味と大きな溜息とともにすぐに届けるように、と云われ流石の俺もぐうの音もでなかった。
そんなわけで、朝早くに起きて(正確には起こされて、)列車に揺られて丸一日かけて中央へ向かった。
前回と違うところが一点、今度はアルも一緒についてきた。
兄さんの見張りだ、とか云いだすのかと思っていたが、どうやら手に入れたい本が幾つかあったらしい。
あっちのの本屋の品揃えは半端じゃないからな。
図書館も覗きたいというのでしばらく滞在することに決めて、服も多めにトランクに詰めてきた。
着いて早々、本部に駆け込んで大佐にレポートを手渡すと、
(ここでも嫌味と皮肉の嵐っ。へーへーどーもすみませんねどうせ弟がいなきゃ歯磨きも書類の提出もまともにできませんよ、って誰がいつまでも成長しない腰巾着チビ兄貴かぁあ!!)
ホテルに荷物を置いて二人して図書館に入り浸った。
二日間はそうやって過ごし、三日目の昼に買い物を済ませてから列車にのりこんだ。
軽く食堂で何か食べてから、唯一空いていたブース席に戻る。
寝台着きの部屋を借りることもできるが、俺もアルも鈍行は慣れっこだ。
基本無駄な金は使わない。
今日だって空いてたら普通席を買うつもりだった。
それに新しい本を沢山買ったから、2人とも到底眠れないだろう。
俺は畳んで置いてあったコートをくるくると丸めて背中とシートの間に挟んだ。
こうすると長時間座っていても腰が痛くならない。
それから読み掛けの本を引っ張り出していると、向かいの席で同じく荷物を探っていたアルが、
あれ、と声をあげた。
忘れ物でもしたかと顔をあげれば、アルの目線は窓の外へ向けられていた。
「もう郊外にきてたんだね。」
「あぁ…ホントだ。」
建物が無くなり、すっかり平たくなった風景に眼を細めてアルが笑う。
「楽しかったなぁ。図書館は兄さんと一緒じゃなきゃ入れないからね。ついてきて良かった。」
「どういたしまして。」
「兄さんが云ってた人の本面白かったよ。」
「えー?タンドラーのやつ?うっそだー。」
語尾を伸ばして云うと、何だよその口調、と苦笑された。
「兄さんアレ2章目までしか読んでないでしょ。」
「…なんでわかる。」
「だって3章目にでてくる定義、あれ兄さんなら絶対食いつくもん。」
「…マジか。」
「証明の仕方も面白かったよ?」
「…まじか。」
「まじです。」
そういうことなら最後まで読んでおくんだったなと唇を噛んでいると含み笑いが聞こえた。
「そんな顔しないで。」
「だってよぉ…くそ、リゼンブールでも手にはいっかなー…」
親指の爪を噛みながら悔しがっていると、アルがまたもやくすくすと笑い出した。
「そんなこともあろうかと、買っておきました。」
はい、と濃いブルーの本を手渡される。
「うっわ、マジ!?やった!」
思わず腰を上げて両手で本を掴むと、静かにね、と苦笑して諌められる。
「他にも何冊かこの人の本かったからね。後でリストに眼通しておいて。同じもの注文しないでよ?」
「はーい。」
なんて、よいコの返事をしてみる。
諌められるわ釘さされるわでどっちが兄貴かわかりゃしねーなこりゃ。
分厚い本を開いて中を覗く。
まだ固い背表紙がパリパリと音を立てた。
…あー、そうそう。ココで読むの止めたんだよなー。
3章までナナメ読みしながらしみじみと弟のしたたかさを思う。
「アルは優しいなぁ。」
「どういたしまして。」
「っていうか手回しがバッチリ?」
「いえいえ。」
謙遜する弟を本の上から覗きみると、外を眺めているところだった。
陽が傾きはじめて、栗色の髪や肌が柔らかい色に浸っている。
優しくて、落ち着いていて、(手抜かりがない)アルにこの色は似合うと思う。
今朝飲んだオレンジジュースの色にそっくり。
「どうしたの?」
声をかけられて、ずっとアルを見続けていたのに気づく。
「な、なんでもねぇ!」
慌てて本に眼を戻したけど、手遅れなのはアルの顔を見ればわかる。
「なんでもないって顔じゃなかったよ?」
「どんなカオしてたっつーんだよ…」
「そうだなぁ…すごく、物欲しそうな顔してた。」
「ぶっ…!」
なんじゃそりゃ!!!!!
誰がいつ何を物欲しそうにしてたっつーんだよ!
とんでもないことを云われてショックを受けてもつれそうになる舌で何とか人語を形成する。
つか、普通にお前のこと考えてただけだよ!
「あぁ、じゃあ僕のことが欲しいの?」
「やめんか!卑猥な発言はっ。」
かろうじて伝わった言葉も到達直後に無残にひん曲げられて俺可哀想。すごく可哀想。
可愛く小首を傾げて云っても発言が可愛くないから。まじで。
「卑猥にとってるのは兄さんでしょ。」
なんて返されるので俺は本を傍らに放り投げると投げやりに云い捨てた。
「あーあーすいませんねぇ。どうせ卑猥ですよいやらしいですよ淫らですよ。
頭ん中は乱れに乱れて凄いことになってますよ。」
「そこまで云ってません。…ところでそれホントなの?」
「聞くか。弟よ。」
「聞きますとも。兄上。」
冗談だとわかっているくせにアルはわざわざ身体を前に倒して俺の手をとると、悪戯っぽい笑みを浮かべて見上げてきた。
「お答え下さい、兄上。…場合によっては緊急事態発生です。」
年下のクセにしたたかで、手抜かりがなくて、落ち着いていて、
下から見上げる体勢のクセにそんな顔をしてみせる弟を
ぎゃふんと云わせたくて、俺はするりと手を引き抜いて立ち上がった。
「ほーう?…ナニがどう緊急事態だって?見せてもらおうか。」
少しの間、列車の音が聞こえなくなる。
唇を離し、息をついて、ようやく耳にタタン、タタン、と列車が線路の上を走る音が甦った。
どうせ、キスくらいでいっぱいいっぱいになってんのは俺だけなんだろうなと思っていると、
俺に凭れかかられているアルが、ちょっと悔しそうな顔を見せた。
「お?なんだなんだ。どうしたアルフォンスくん。」
「…妙に嬉しそうだね兄さん。」
「お前のそんな顔みんの久しぶりだしな。」
きしし、と笑っていると、後ろ頭に手が伸びてきて、もう一度唇が合わさった。
今度は、短いのを一つ。
「…まさかこんなとこで兄さんからキスされるなんて。」
「だって仕切られてるし?窓覗きこまなきゃ見えないだろ。」
でなきゃ俺だって反撃のキスなんて実行できない。
「部屋、取ればよかったね?」
切符を取るときに、着くのが朝になるから、と係員にパンフ片手に勧められた寝台付の個室を思い出す。
「やだよ。そしたらマジでするだろ、お前。」
「しますねぇ。」
席に片足を乗せてアルの膝に乗り上げた状態の俺をさらに引き寄せようとしながらしみじみと云う弟。
その手つきはなんだ、その手つきは。
「歩けなくなったらどーすんだよ。」
「兄さんは僕が。荷物は駅で配送に回す、かな。」
「…そういう手回しもバッチリってどうなのよ…。」
「すごい?」
だから首を傾げるな、首を。
どうでもいいけど今駅員が切符切りにきたらマジ死ぬなコレ。
でもアルの膝からは降りない。
ここまできたらヤツの足が痺れるまで乗ってやる。
「アル。」
「はい?」
そしてどうぜ乗っているなら、と俺はオレンジジュース色に染まった唇にキスをした。
駅員がきたら?
まぁ、そん時はそん時で。
9.オレンジジュース
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