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月は定期的に地球に近づき、その姿を一際大きく明るく見せる時がある。

そのことは知っていたが、それが今日だったとは晃牙は覚えていなかったので、目が覚めて窓からさしこむ明るさに驚いた。

辺りはすっかり暗く、下校時間をとっくに過ぎていた。

 

「やっと起きたかの、ワンコ。」

 

机に突っ伏して寝ていた晃牙が身体を起こすと、柔らかい声が聞こえた。

窓際に椅子を置き、のんびりと月見をしている零がいた。

 

「見てみよ、ワンコ。今宵は月が綺麗じゃよ。」

 

云われる前に、その大きく輝く存在に晃牙は目を奪われていた。

見上げるとちょうど視界に入るそれは、四角い窓に縁取られて、まるで1つの絵画のようだった。

 

「すげぇ、なんでこんな明るいんだ。」

「昨日が十五夜で、今日は月が一番地球に近い日じゃそうだ。」

「ふーん」

 

曖昧な返事をしながら、晃牙は窓のそばによるとぺたりと冷えたガラスに手をついた。

零は晃牙の目が熱心に月に向けられているのをみて、やはりなと一人で納得した。

自分では気がついていないが、晃牙は月と相性が良いというか、好きらしい。今日のように満月の時などは特に機嫌が良さそうにしている。

 

「目が覚めたら綺麗な月が出ておってのう。これはワンコに見せてやらねばと思ったらちょうどそこにいたのでの。良かったのう、ワンコや。」

「はぁ?なんで俺様に見せねーといけねぇんだよ。」

「ワンコは月が好きなようじゃからのう。」

「別に好きじゃねーし。」

「そうかのう?自分では気づいておらぬようじゃが、良く見ておるぞ?」

「なんでてめーがそんなこと云えるんだよっ。」

「そりゃあ、我輩がお主のことをよーく見ておるからじゃろうな。」

 

零はそういいながら晃牙の頭を撫でる。するといつもはすぐさま手を振り払ってくるのに、今日の晃牙はされるがままにしている。

そろそろ爆発する頃かと思ったのだが一向にそれは訪れない。

不思議に思った零は晃牙の両頬を手で包んで上を向かせた。

ようやく眼があった晃牙は苦虫を噛み潰したような顔をして黙り込んでいた。

 

「お主…なんちゅう顔をするんじゃ…」

 

思わず声をかけても返答はない。零は晃牙の頬を指で軽く挟んで伸ばしてみる。

 

「あーこれこれ、せっかくの顔が台無しじゃ。」

「っせぇな!俺がどういう顔をしようがカンケーねぇだろッ!」

 

今度は流石に振り払われた。

晃牙は零の両手をばしばしと叩くように遠ざけると犬のように頭を一振りした。

 

「そうはいうがのう…黙っておれば良い顔をしている後輩が、あえてぶちゃいくな顔をしておるのは心が痛むのじゃが…」

「ブサイクで悪かったなァ!?っつーか、いちいち撫でてくんじゃねーよ!外国かぶれだか留学帰りだかなんか知らねぇけどよ…ほんとどうかとおもうぜてめーのその態度。」

「態度?」

「いっつもいっつも見境なくべったべた触りやがって…」

「見境なくって…我輩ワンコにしかこんなことしておらんのじゃが…」

「あ?」

 

一応スキンシップが過多な自覚はあるのでそれは認めるが、見境なくしているつもりはない。

零が振り払われた手をさすりながら再度抗議する。

「だから、こんな風に触るのはワンコだけじゃよ。」

「嘘つけよ。」

「ついてどうするんじゃ。誰彼構わずしておったらいくら見目麗しい我輩でも訴えられる自信があるぞい。」

 

本当は血を分けた愛しい弟にも過分に触れてやりたいのだが、悲しいかな今の凛月は近寄れば近寄る程に目に見えて好感度が下がっていくので零が望んでいる半分も触れることができていない。

いや、半分どころの騒ぎではない。下手をすれば4分の1…5分の1以下。零が一人で悩みだしている前で、晃牙が途切れ途切れに言葉を吐きだした。

 

「なっ…じゃあ…なんだって、俺様にばっか…」

「ふむ?…気になるかのう。」

 

わざとらしく顎に手を当てて考えるそぶりをみせてから、零はひょいっと身をかがめると晃牙の唇にキスをした。

 

「そりゃあ…ワンコは我輩の可愛い可愛い愛し子じゃからのう。」

 

零は微動だにしない晃牙に、ちゅっ、ともう一度音を立てて口付けをしてから身体を離す。

しばらくしてからあっちこっちに跳ねたシルバーブロンドがわなわなと揺れだした。

銀髪の間から覗く目元がじわりと赤く染まっていく。

 

「な…なに、てめ、なにす…!」

「あー、ところでワンコや、ここでゆっくりしていていいのかのう?」

「…っ!レオン!今何時だ!?」

 

零の言葉に、飼い犬の姿が頭を過って晃牙の気が逸れる。

晃牙が壁にかかった時計を見上げると、もうとっくにエサの時間を過ぎてしまっていた。

 

「くそっ…覚えてろよ!てめぇには明日キッチリ話をつけてやるからなっ。いい加減ハッキリさせてやるっ!」

 

ギリギリと音が聞こえてきそうなほどに力を込めて吐き捨てると、晃牙は零を押しのけて窓から離れた。

バタバタと荷物をかき集める晃牙を、零は窓から離れずに眺める。

どうやら噴火は免れたらしい。

いつもならここでまた明日と挨拶を交わすところなのだが、零は今の晃牙を手放してしまうのが惜しく思えた。

零は身支度が整った晃牙の背後にそっと忍び寄ると、その小柄な両肩に手をかけた。

 

「うっ!?」

「のう、ワンコや。」

「てめ、驚かすんじゃねーよっ。」

「我輩、えーっと、そのライオン…とやらに会ってみたいのじゃが。」

「聞けよ!…ライオン?」

「お主の犬じゃ。」

「人様の犬の名前間違えてんじゃねーよ、レオンだよ!さっき云ったとこだろうが…って、なんだよ、それ。家に来るってことかよ。」

 

腹をめがけて繰り出された肘を手のひらで受け止めると、零は肯定の笑みを浮かべる。

急な零の振る舞いに晃牙は怪訝な表情を隠さない。

 

「…今度は何企んでんだ?」

「そうじゃな…ほんの少しワンコに置いていかれるのが寂しくてな…ワンコも我輩に話があるようじゃし…?」

 

月を見ながら話そうではないか、と続いた零の言葉に晃牙の頬が一層赤くなる。

同時に眉間のしわがくっきりと刻まれて、零は金色の眼に睨みつけられた。

 

「っ……じょ、上等だよてめー掛かってこい!」

「うーむ…それは誘い文句になっておるのかのう…」

 

晃牙にしては上出来なのだろうか。

零はトマトのように赤面し始めた晃牙の顎に指を添えると、礼代わりにもう一度キスをした。

いよいよ噴火まで、あと3秒。




 

秋の月​

お題:かっこいい窓 制限時間:15分

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