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ごくごくたまに、気分が乗れば、二人で酒を飲むことがある。

中央へ出向いた時や、何かの折に大きな町へいった時などに購入した果実酒を気が向いたときに二人であける。

今日もエドワードが膝をついて様々な酒瓶が並ぶシンク下の棚をあさるので、

アルフォンスは軽めの夕食の他に酒のつまみを作ってテーブルに並べた。

珍しく夕食が終わった後も飲み続けたくなったので、

いつ酔いつぶれてもいいように、と二人は酒とつまみを二階のアルフォンスの部屋に持ち込んで飲み続けることにした。

「んー…この酒美味いけどアルコール度低くね?」

「ジュースっぽいよね。どうだろ…5%だって。」

「はっ。5%程度で俺を酔わそうなんざ百年早いね。」

「百年待ったら500%になるのかな?」

「んなもん飲んだら死ぬわ。舌焼ける。」

「化学薬品レベルだね。」

酔いのせいかのんびりと答えを返すアルフォンス。

エドワードは、口調こそいつもとは変わらないが、目元が紅い。

つまみの皿と瓶は机に置き、二人はベッドの上でのんびりとグラスを傾ける。

会話は料理の話、幼馴染の話、本の感想や研究題材などなどあっちこっちへと脱線し、まとまらない。

本人たちは気にならない様子で、次から次へと話題を変えていく。

話すのに疲れると、エドワードはベットの枕もとに置いてあった本を手に取って開いた。

アルフォンスはその兄の傍で腹ばいになって休んでいる。

「あー…もう腹いっぱいかも。」

「結構飲んだもんね。」

「おう…にしてもよぉ、アルがこんなの許すとは思わなかったなー。」

こんなの、と今の自分たちの状況を示す様にエドワードは両手を広げてみせる。

 

「たまにはね。あ、でもこぼさないでよ?汚れ落とすの大変だし。僕眠るとこなくなっちゃうし。」

「はははっ。うっかりやっちまったりしてなー。」

「そしたら兄さんが責任とってよね。」

「えー。シーツ洗うのか?錬金術使っていいならなぁ。」

「違うよ。」

 

肘をついて身体を起こしたアルフォンスは、四肢を使って兄の伸ばした足をまたぐ。

 

「僕の眠る場所。提供してよね?」

「…俺のベッドで寝るってか。」

「だって兄さんが汚すんでしょ?」

「まぁそうなるわな。」

自分はその場合どこでねむるのだろう。いっそ一晩起きていようかなどと考えていると、手から開いたままだった本を抜き取られた。

何をしているのか、と目顔で問うてみるが、アルフォンスはにこにこしながら答えない。

云いよどんでいる間に、背もたれにしていた枕と背中の間に腕を差し入れられて、身体をずらされて横たえられる。

いわゆる『押し倒された』状態になってしまい、耐えきれなくなってエドワードはようやく口を開いた。

「何、してんの…お前。」

「ん?」

丁寧に兄の頭の後ろの枕を整えながら、アルフォンスはにこにこと答える。

「おやすみのキス?」

なぜ疑問形。

妙に機嫌のよい弟の行動についていけないエドワードは突っ込みを心の中に留めておくことにする。

酔っぱらいに無駄なことを云うとやっかいなのだ。

「…寝んの?」

「うーん、どうしようかなぁ。」

「んだそれ…」

呆れた声を出しても、アルフォンスは笑顔のまま。

「ねぇ、兄さん。」

「あー?」

「兄さんに触ってもいい?」

「もう触ってんじゃねーか。」

既に密着状態にある弟の脇腹をぺちぺちとエドワードが叩く。

確かにそうなのだが、とアルフォンスは眉尻を下げる。

「そうじゃなくて…もっと。」

 

そうしてひたりと兄の頬に手を当てる。

熱を持った手に意味ありげに頬を首筋を撫でられて、ようやくエドワードがその意味を理解する。

 

「なッ…アホか!!」

「だめ…?」

「駄目も何も…」

 

首を傾げてくる弟にどう云えばいいのかわからなくてエドワードは口を噤む。

沈黙が訪れると、今更自分の体勢が気になってきて妙な汗が出てきた。

密着しているせいで、すぐにエドワードの動揺はアルフォンスに伝わる。

「あ…意識してる?」

「…ったりまえだろ!んなこと云われたら誰だって驚くわっ」

 

てのひらに伝わってくる鼓動にアルフォンスが顔を綻ばせる。

 

「ねぇ…お願い。僕兄さんとしたい。」

「したいって…俺は男だぞ?んでもってお前の兄ちゃんだぞ?」

「知ってるよ?」

「そりゃ…俺はお前のこと好きだし…お前が俺のこと好きだって知ってるけど…」

 

二人を繋ぎとめている感情を、愛や恋と呼んでいいのかはわからない。

 

依存、執着、絆、なんでもいい。

 

とにかく二人は離れることが出来ないということだけは、互いに良くわかっていた。

「うん。両想いだよね。」

「りょ…!?」

「間違ってないよね?」

「まぁ…一つの表現としては………間違ってないのか?」

 

いま一つ自信が持てないエドワードにたたみかけるようにアルフォンスは頷く。

 

「間違ってないよっ。兄さんは僕のこと好き?」

「好きだ。」

「誰にも盗られたくない?」

「不本意ながら盗られたくない。」

「離れたくない?」

「……離れたくない。」

「僕も同じ。ね?両想い。」

「えぇええ…」

 

どうなのだろうそれは、と渋い顔をしている間に、アルフォンスの唇がエドワードの唇に押し当てられた。

「兄さんが大好き。兄さんとしたい。お願い。」

頬を擦りあわされて、耳にキスをされてエドワードの心臓が跳ねる。

腰を撫でているアルフォンスの手首を掴んで胸を押し返す。

「ま、て待て待てっ!」

「嫌?」

「うっ…い…や、正直、嬉しい、かも、だけど!」

素直に嬉しいと口にされて、アルフォンスは不覚にも赤面しそうになった。

だけど、と既に赤面している兄は続ける。

「お前、今酔ってるだろっ。」

意外に素直な兄をみて、アルフォンスはからかわずに真面目な顔をする。

「酔ってないよ。本気だよ。」

しかしそれでも兄を説得するには足らなかったらしく、エドワードはかぶりを振って机の上の瓶を指した。

「思いっきり飲んでただろーがっ!

 いいか、例えお前としてもいいって思ったとしてもだ!酔いにまかせて抱かれんのだけはいやだ!」

尚もアルフォンスの身体を押し返しながら、エドワードは肘をついて身体を起こそうとする。

「酔いが醒めて我に返ってやるんじゃなかったって後悔したらどうする!?そんなの絶対に嫌だからなっ。」

金色の眼が不安に揺らぐのを見て、照れ隠しや時間稼ぎなどではなく、本当に怖いのだと察したアルフォンスはゆっくりと身体を起こした。

「わかった。」

そうして上半身を起こすと、両手を開いて打ち合わせた。

乾いた音を聞いて、まだベッドに肘をついていたエドワードはザッと青ざめた。

笑顔の消えた表情と、短い言葉がその不安を煽る。

「やめろ…ッ!!」

咄嗟に飛び起きて、アルフォンスが自分の胸に持っていこうとした腕を掴んで引き留める。

兄の突然の行動とひきつった声に、アルフォンスは驚く。

「兄さん!?」

「何をするつもりだ!!」

質問と云うよりも叱責に近い声に、しばらくアルフォンスは呆けていたが、

やがて自分の腕をつかんでいる兄の手に、自分の手を重ねた。

兄の左手は、力一杯握りしめられているせいで、間接が浮き、真っ白になっていた。

 

「兄さん…落ち着いて。大丈夫…アルコールを飛ばそうとしただけだよ。」

 

まだ震える身体をそうっと両腕に包み込む。

抗うことなく、アルフォンスの腕の中におさまったエドワードは、少ししてから自分を抱きしめる背中に腕をまわした。

何を想像したのかはわからないが、とにかくエドワードが怖がっていることはわかったので、アルフォンスはしばらくそうして彼を宥めることに徹した。

弟の腕の中で徐々に温まってきたエドワードは、ほっと息をついて額を彼の肩口に擦りつける。

安心したようなしぐさに、アルフォンスは「驚かせてごめんね?」と声をかけてみる。

 

「…ん。俺も…取り乱して悪い。」

「いいえ。大事に思ってくれてるってことだから。」

「う…」

確かに。

さっきは、アルフォンスが早まったことをするのではないかと思い、酷く狼狽していた。

裏を返せばそれだけ彼を失うことが怖いということで。

不覚にもそれを実感させられてエドワードは、冷静になった今じわじわと羞恥に染まりかけていた。

「うぅうう…」

「ちょっと…腕の中でそんな怖い声出さないでよ。」

「うるせぇ!俺のこと愛してんならそれくらい我慢しろっ」

「…愛していてもいいの?」

ひょい、とのぞきこまれてエドワードは「ぎゃあ!!」と飛び上った。

慌てて顔を背けてもしつこく弟は追ってくる。

「き、聞くなっ!」

「えぇ?ずるよ、兄さん。」

「やかましいっ!ちょっと待ってろっ。」

「どのくらい?」

「しばらく!」

「しばらくって何分かなぁ。」

「アル!」

エドワードが怒りを爆発させる前に、アルフォンスはその身体をどさりと押し倒してしまう。

エドワードがうろたえていると、至近距離でアルフォンスが意地悪い笑みを浮かべた。

「だめ。待てない。」

「ア、ルっ…」

拒否の言葉を紡ぐ前に唇は塞がれ、びくりと跳ね上がった手は侵入してきた舌に力なくシーツへ落ちた。

舌を擦りあわされ、口腔を愛撫され涙を滲ませた兄の耳に、アルフォンスは熱い息を吹き込む。

「こんなに好きだって云われてるのに、もう待てないよ。」

 

 

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