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長い間旅をしていると、最初は到底慣れそうになかったことも、段々慣れてくる。

時刻表の見方。

 

乗り換えのスケジュールの組み方。

 

安くていい宿の探し方。

 

野宿の時、背中を痛めない眠り方。

 

怪しまれない道の尋ね方。

 

上手な荷造りの仕方。

 

その分、定住している人の日常生活の常識に疎くなることもしばしば。

 

 

エドワードはしみじみとそれを考えながら手の中に納まる、12枚の紙を眺めた。

散歩から帰ってきたアルフォンスは、兄がベッドにうつ伏せて何やら書き物をしてるので出来るだけ静かに扉を閉めた。

集中している兄が物音に反応することは滅多にないのだが、何となくそうしてしまうのは彼の性格の問題だろう。

研究手帳に何か思いついたことでも書いているのだろう、と思って通り過ぎようとしたが、ふと兄の手許に眼をやってから首を傾げる。

こちらにつむじを見せて、一生懸命書き込んでいるのは見慣れた研究手帳ではなく、薄く色づけをされたハガキサイズの厚手の紙だった。

それでは、手紙でも書いているのかとも思ったが、どうも違うらしい。

近づいて覗き込んでみると、兄の周りに1、2、3…合計12枚。

12ヶ月分の日付がプリントされたカードが散らばっていた。

 

俗にいう、

 

「カレンダー?」

「んあ?おーアル、おかえり。」

 

思わず一枚、手にとると、兄が機嫌よく返事をしてきた。

大きな街や、セントラルへ戻った時などは壁にかかったものを見掛けはするが、こういった卓上のカレンダーはあまり見ない。

ましてや旅をしている自分たちには必要がない。

トランクには必要最低限の物しか詰めないと決めている兄がカレンダーを購入するなんて珍しい、とアルフォンスが云うと、

 

「違う違う。買ったんじゃねーよ。」

「え、ちょっと。まさかこれ」

 

アルフォンスが声を低めると、エドワードは持っていた鉛筆を弟の兜に投げつけた。

かつーん、と硬質な音が鎧の中に反響した。

 

「あっ、何するの兄さん。」

「お前なぁ。何でそう俺を悪者にしたがる?」

「だって買ったんじゃないっていったから、」

「だからってカレンダーなんか盗むか!!」

「じゃあ拾った?」

「も・ら・っ・た・の!」

 

今日町に着いたとき、いくつか日用品をまとめて買っていると、店主がくれたのだと説明する。

「これと一緒にな。」

 

そういってエドワードはひらひらと平べったい箱をアルフォンスに見せた。

 

「色鉛筆。」

「そ。」

「なんか…それって、」

「なぁ。」

 

アルフォンスの困ったような声に、エドワードはひひ、と暗く笑って見せた。

買い物に来た者に、ただでカレンダーと色鉛筆を手渡す行為。

まるで、小さな子供にするみたいに。

子ども扱いには身長のことと同じくらい敏感な兄が、良く怒らなかったものだなぁ、と弟は呟く。

 

「んーなんつーか…そういえばカレンダーなんか使わねーなーとか思ってさ。先にそっちに気ぃ取られてた。」

「そう…それで?なんでその貰ったばっかりのカレンダーに書き込みしてるの?」

「そうそう。それがさぁ!」

 

彼はにこにこしながら起き上がって散らばった紙をかき集める。

 

「なんとなーく書き込んでみたら面白くってさ。ついつい一年の仮想予定とか立てちまったぜ。」

 

正確には、今年が始まってから3ヶ月余りが過ぎているので、9ヶ月分、とトランプのカードのように扇形にしてエドワードはアルフォンスに見せる。

 

「へぇー。どんなこと書いたの?」


 

「名づけて、目指せ!今年中にアルを元に戻せ計画!」


 

ぎし、がしゃんっ。


 

鎧の中の魂ごと軋ませてアルフォンスは固まった。


 

ちらりと12月分のものへ眼をやると、確かに。25日の日付のところに赤の色鉛筆で“アル練成!”と書かれている。

再び兄へ目線を戻すと、相変わらず機嫌のよさそうな顔で自分の書いたもののできばえを眺めている。

 

「…にいさん、」

 

アルフォンスの声に、心配を聞きつけて、エドワードは慌てて付け足した。

 

「勘違いすんなよ!ただ…捨てんのも勿体ねーから…ちょっと、遊んだだけだ。

 そんな簡単にいくわけないことくらい、わかってるって。」

 

ほんの少し、自虐的な色が混じった眼を伏せて、エドワードは呟いた。

「ご、ごめ、」

「ばーかあやまんなよ。

それよりコレ見ろよ、結構うまく描けたと思わねぇ?」

 

パッ、と顔を上げてカレンダーを見せてくるエドワードに、アルフォンスは素直にカレンダーを受け取った。

 

「あ、これ僕?」

「そうそう。似てるだろ?」

「って鎧じゃん。何で身体に戻す日のところなのに鎧なんだよ。」

「云われてみればそうだな…」

「…ところで僕の練成が25日なのは何で?」

「なんでだろうな?直感?」

「ふぅん…僕と兄さんの誕生日も書いてあるんだね。」

 

ろうそくが立てられた小さなケーキをみつけて、アルフォンスは嬉しそうにそれを指す。

 

「おうよ。」

「あ、6月にセントラルに帰るとか書いてある。」

「それ査定。」

 

現実主義の兄らしいと苦笑してから、アルフォンスはそれを眺めた。

兄の几帳面な字で書かれたいくつものイベントと予定。

楽しんで書いたというのは本当なのだろう。きっと深くは考えてはいなかったはずだ。

 

「それにしてもクリスマスかー…。」

「イヤなのか?」

 

本当にその日に決めたわけではなかったが、弟の言葉にエドワードは隣に座って、心配げに弟の顔を覗き込んだ。

何か気に触ったのか、と眼で問いかける。

「ううん、イヤじゃないよ。でも何か申し訳ないっていうか…気が引けるよ。」

「何で。」

「だって…クリスマスだよ?」

わかってるよね、と兄の方を見る弟。

不安げな弟に、エドワードは頷く。

「そう、クリスマスだ。いい日じゃねぇか。」

「いい日って…この日は、」

と、続けようとしたアルフォンスの視界が傾いた。

エドワードの左手がカレンダーを持ったままのアルフォンスの腕に乗せられている。

突然腕を引っ張られて黙ったアルフォンスに、エドワードは俯いて、

 

「クリスマスはっ、」

 

搾り出すように、云った。

「クリスマス、は…プレゼントを渡す日、だろ?」

だから、と随分前に神を信じるのをやめた少年は続けた。
 

「最高のプレゼント…お前にやる、から。あと…」
 

それから、と自嘲気味に笑ってから、顔を上げた。
 

「ちょっとだけ、願掛け。」


 

がしゃり。

アルフォンスは顔をカレンダーに戻した。

エドワードも、ちらりとそれへ眼をやってから、ばんっ、とアルフォンスの背中を叩いた。

 

「なーに、深く考えんなよ!ホントの予定じゃないんだから安心しろ。

 …賢者の石を見つけることができたら、日付がどうのこうの云ってられなくなるかも、だしな。」

ベッドから腰を上げるとエドワードは切り替えるように、大きな動きで身体を伸ばした。

「さーてと!久しぶりの宿だしっ、飯の前にフロに入ってこよっかなーっと!

 ほら、それ貸せよ。」

「え、どうするの?」

「どうするって…散々落書きしたあとは捨てるしかないだろう。」

 

他に何がある、と手を差し出した兄に、アルフォンスはカレンダーを後ろにかばって首を横に振った。

「だ、だめー!!せっかく書いたんだからおいとこうよ!」

「な、置いといてどーすんだよ、バカ。大体仮の予定だっていっただろ。意味ねーの、それはっ。」

「でも誕生日も査定も本当の予定でしょ!?」

「予定は未定ですっ!」

 

カレンダーを奪い取ろうとし始めた兄から、がしょん、がしょん、と逃げ回ってアルフォンスは言い張る。

 

「イヤだよ、勿体無いよ!」

「ええい、このアホが!…ったく…好きにしろっ」

 

ヘンなやつめ、とぶつぶつ云いながら離れたエドワードに、アルフォンスはほっと息をつく。

兄の願望が書かれた12枚の紙を、そう簡単に捨てる気にはなれなかった。

色んな思いが形になっているようで、なんというか愛着がわいてしまったのだ。

一年の最後の月を一番前に回して、それを机の上に置いた。

自分を練成する日をクリスマスに選んだ兄。ただの遊びの割に、思いつめた顔で云った、理由。

魂しか入っていないはずの鎧の中に、冷たさと暖かさが入り混じる気がした。

 

「兄さんって、」

「ぁん?」

 

強気で口と目つきが悪くて喧嘩早くて態度も動作も乱暴で、

そのくせ優しくて、純粋なところもあって、天然で。

 

「兄さんってホント不思議だねぇ。」

 

しみじみと云いながらうっかりと兄の頭を撫でてしまったアルフォンスは、鎧が凹む程の一撃を背中に受けるはめになった。





 

06. カレンダー

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