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説明を受けて、薬を受け取って、兄さんの元に戻ると、彼は壁にもたれて目を閉じていた。

兄さん、と声をかけても反応がない。

状況が状況だからか、ぐったりしているように見える気がする。

息も浅い。

小柄な体に巻いた包帯や大きめの絆創膏が痛々しい。

何度もそんな姿を、見てきたはずなのに、いつも僕は必要以上に心配になる。

兄さん、と膝をゆすりかけて、お医者さんの言葉を思い出す。

「しばらく目眩が続くかもしれません。急に動くとふらついたりして危ないので気をつけてあげてくださいね」

膝を折って、かがむような体勢をとると、兄さんの顔がよく見えた。

額が汗に濡れて、角度によっては明かりを反射している。

揺すったりしない方がいいのかな。

とにかく、宿に連れて帰らなくちゃ。

ちょっと考えてから、やっぱり歩かせるよりはと、僕は兄さんの体をそっと持ち上げた。起こしてしまうかもしれないと思ったけど、兄さんは目を閉じたままだった。

猫や犬を抱くときのように、頭を(肩の装飾に当たらないように、慎重に)自分の頭の横に置くと、曲げた肘の内側に座らせるようにする。

外に出てコートの土埃を払うと、兄さんの体にかけておく。

 

「ちょっと我慢してね。宿、すぐだからね」

 

小さめの声で、一応そう云ってから宿に向かう。

途中、兄さんは一度起きて、頭を上げて周囲を見た。ぼんやりとした、起ききっていない目が僕の方を向く。

 

「起きた?大丈夫?」

 

声をかけてみたけど、兄さんは未形成の言葉を呟いた後、ことんと丸い頭を僕の鎧に戻してじっとしていた。

そのうち、ぴったりと目も閉じてしまったので、結局、そのまま部屋まで運ぶことにした。

 

散々好奇の目線に追いかけられながら4階まで上がり、自由な方の手で部屋のドアを閉める。

荷物はとりあえずドアの脇に置いておいて、兄さんをそっとベッドに下ろす。

目を開けていたので座らせると靴、手袋、上着の順に彼の体からとっていく。

その間ずっと兄さんは大人しくされるがままだった。

 

何も云ってくれない。

目を見ても、何を考えているのか、わからない。

ざわざわと鎧の内側を撫でられるような不安が沸いてくる。

だめだ、しっかりしなくちゃ。

頭を横に振ると、処方された薬を兄さんに渡した。

「これが薬だよ。水と一緒にサイドテーブルに置いておくね」

ブーツを片付けていると、ぷちぷちと音がするので兄さんの方を見る。

食前食後とあった筈なのに一緒くたに開けているので慌てて手を掴んで止めた。

声を出そうとすると、じっと金色の目が見つめてきた。

なんだろう?

僕が戸惑っていると、兄さんの口が開く。

 

「目ぇ回ってて吐きそうで、食いたくねーんだよ。

 …夜は食べるから」

 

そう言うと、ぽいっと手のひらの薬を口の中に放り込んで水で流し込んでしまった。

うーん…吐き止めももらってるみたいだけど、固形物は避けた方がいいかな。

スープとか?

 

空のグラスをサイドテーブルに置いている兄さんにそう提案しようとして僕は固まった。

 

どうやって伝えよう!?

 

「えっと、兄さん、あの、」

 

だめもとで喋りかけるけど無反応。

テーブルに伸ばしていた腕を戻して、目線が僕に戻るけど、あぁ、どうしよう、えっと、

そのとき僕はとっても混乱していたのだと思う。

それとも、人間の身体だった時の記憶からとった行動なのかも。

 

僕は、がちゃがちゃと腕や上半身を動かして、スープの器を手で表現していた。

「あ、あとで、スープ、飲む?」

「……」

わ、わぁ…。

もう、何やってるんだろう、僕。

ジェスチャーを見ていた兄さんは、まさに”きょとん”とか”ぽかん”とした顔をしてから、また口を開いた。

「お、す、し…食べたい?」

「ちが…違うよーーー!もーーー!」

なんだよそれー!

自分でも無理があるとは思ったけど!伝わらないだろうとは思ったけど!

あまりにも離れている答えに僕は思わず地団駄を踏みかけた。

「ははは!何だよ、アル」

兄さんは笑ってる。

さっきまで大人しくしていた兄さんとは違う、いつもの顔だ。

情けないことに、それを見て一気に安心した。

今だけは、兄さんに聞こえなくてよかった。きっと僕の声、変だ。

「もー!…兄さんのばかっ」

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