top of page

諦めたエドワードが枕に頭を落としたのを見て、アルフォンスは足下に乱雑に置かれてしまっている本をより分け始めた。

読み終わった物とそうでないものの山に分けていく。

脇に転がっていた鉛筆を拾うとトランクにしまう。

寝息を立て始めた兄がまぶしくないように、電気を落としてランタンを灯す。

ベッドから離れると、アルフォンスの体にはやや小さい椅子に座ると丸いテーブルに広げていた自分の研究資料をまとめる。

そうして、しばらく独りの夜を過ごしていると、短く「アル」と乾いた声がした。

「兄さん?どうしたの?」

アルフォンスが顔を上げるとエドワードは眠そうな目で手招きをしている。

「目ぇ覚めた。ちょっと付き合え」

何に付き合えというのか。

アルフォンスは読んでいた本を片手に近づくと横になったままのエドワードに腕を引っ張られる。

急な動きに、かしゃん、と頭が抗議の音を立てる。

「わっ、危ない」

「ここにいろ、お前」

「なんでだよーもう…」

寝ぼけてるの?と聞くが、兄にその声はまだ届かない。

浅い眠りの中を浮き沈みしているらしいエドワードはアルフォンスの腕をもったままだ。

振りほどけないわけではなかったが、アルフォンスは床に座ることを選んだ。

あぐらをかくように膝を折っていると、その音でまたエドワードの目が開く。

「…なぁ、明日さ。朝になったら、なんでもいいから…」

「え?」

「今お前が持ってる本でいいや。それ朗読しててくれよ」

睡魔が絡んで、昼間より幾分柔らかい声で、エドワードはそう云った。

「朗読?なんで…」

手帳とペンはテーブルに置いてきてしまったことに気がついたアルフォンスは、少し考えてから兄の左手をとった。

くるりと手のひらを上にすると、自分の人差し指で一つずつ文字を書いていく。

アルフォンスの意思に気がついたエドワードは金色の目でじっとアルフォンスの指の動きを追う。

 

「なんでって…アルの声で起きたいから」

「なんだそれ…あっ、もう、書いてる途中!」

「くすぐったい」

 

笑いを含んだ声で短くそういうと、エドワードはメモ紙代わりにされていた手をきゅっと握って引っ込めてしまう。

 

「朗読…いいけど…」

 

大丈夫かな。ストレスにならないかな。

 

思っていることをどうすれば伝わるか、その時のアルフォンスは考えていなかった。

ただただ、自分が思ったままに、エドワードの耳にそっと手のひらで触れるようにしていた。

今のアルフォンスの手のサイズだと、エドワードの耳どころか、側頭部全体を覆ってしまうが、兄にはその目的が伝わったらしい。

今なら、弟の考えてくることがよくわかった。

まるで、触れているところから、言葉が流れ込んでくるようだった。

「ばぁか。お前の声がダメージになるわけないだろ。兄ちゃんなめんなよ」

ぐい、とエドワードの小さな手がアルフォンスの大きな手を押し返す。

むっ、とした声でアルフォンスがその手をまた押し返した。

「変なとこで兄貴ぶってる。ケンカに勝ったことない癖に」

「今なんか俺が気に入らないこといったな?」

「聞こえてるの?」

「聞こえねーよ」

ぐい、

かちゃん、

ぐい、

かちゃん、と手を押し合いながら妙にかみ合っている会話は少しの間だけ続いた。

prev                next​(おまけ)

bottom of page