top of page

 

袖に腕を通していると、不意に大佐が聞いてきた。

 

「今日は一緒じゃないのかね?」

 

振り向くと、さっき渡した報告書から眼を離してこっちを見てる。

 

「いや?来てるけど?」

 

答えるとやれやれ、とでも云うように肩をすくめて笑われた。
なんだよ!感じ悪ィな!

 

「全く…彼も毎回大変だな。頼りない兄のお守で。」
「へっ!おあいにくさま。中央は資料がそろいやすいから連れていってくれって毎回頼まれてんだよ、お・れ・がっ。」
「それはそれは…しかしだからと云って司令部にまで連れてくなくてもよかろうに。」
「昔から来てただろうが。今更なんの文句があんだよ。」
「文句?文句は別にない。」
「じゃあ黙ってろよ。」
「それが上司に向かってきく口かね…」
「失礼。申し上げます。それではお黙りになっていてくださいませ、上司殿?」

 

仕上げに敬礼をすると、俺は鞄をとった。

 

「じゃーな。大佐。」
「もう行くのか。」
「アルが待ってんだよ。」
「本当に…君たちは…」
「あん?」

 

「まるで切り離せばどちらかが死んでしまいそうだな。」

 

「…って大佐に云われた。」

 

帰りの汽車の中。
大佐と交わした会話を再現してるとアルが苦笑した。

 

「それはまた…」
「わっけわかんねーよな。」

 

腕を組んで唸ると、前の席に座っているアルがそうだね、と呟いた。

 

「大佐のことだしね。からかってるんじゃないのかな。」

 

窓から入り込む陽がアルの栗色の髪を照らす。
アルの周りの空気はいつもあったかそうに見える。
今も、暖かな笑顔を浮かべてから眼を伏せた。

 

「兄さんは強いよ。たとえ僕がいなくてもしっかり立っていられる。

 そうだろ?」
「お…おうっ…」

 

アルの顔をじっと見つめるのに忙しかった俺は、慌てて返事した。

 

「…またなの、兄さん?」
「うっ…」
「もう…いつになったら慣れてくれるんだよー…」

 

アルフォンスがわざとらしく溜息をつく。

俺は、アルが元の身体に戻ってから、こうしてあいつの表情が変わるのが嬉しくて、
嬉しくて嬉しくて堪らなかった。

鎧の姿だって、アルが今どんな表情してるかわかる…って思ってたけど、
元の身体に戻った今のアルフォンスは、以前にもましていろんな表情を見せる。

 

鎧の頃と同じ顔。
子供のころと同じ顔。
最近では、俺の知らない顔も。
懐かしくも、嬉しくもあって、俺はしょっちゅうアルの顔を凝視していた。

アルが戻ってからだいぶたった今でも、時々じっとその顔を見てしまう。

 

「そんなに見つめられたら僕、穴があいちゃうよ。」
「開くか!つか、見つめるっていうな!」
「じゃあガン見。」
「……。」
「メンチきる?」
「うぅう…」

 

この野郎完全にからかってやがるな…。
俺は無邪気な顔を装って可愛らしく首を傾げてみせる弟を睨みつけた。

 

「アルー…」
「あはは。でも間違ってないだろ?」
「ったく………仕方ない、だろ。」

 

嬉しいんだよ。

 

そう小さくいうと、兄さんが嬉しいのは、僕も嬉しいけどね。と、苦笑交じりの声が聞こえてきた。

 

prev                next

bottom of page