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「こらぁ!また抜け出してどこに行くんだよっ!?」

後ろから叱り飛ばされて俺は飛び上がった。
恐る恐る振り向くと怖い顔をしたアルが洗濯物のかごを抱えて仁王立ちしてる。

 

「う…しょ、書庫にいこうとしただけだって…」

 

俺の言葉にくわっとアルの眼の端がつりあがる。

 

「何いってんだよバカ!
 あっ、しかもスリッパも履かないで!もう!
 風邪治んなくっても知らないからね!!」

 

風邪。

 

ずしーんとその言葉が俺の頭に落ちてくる。

あんだけ重大な決心をした後、俺はアルが眼を覚ます前に再び寝落ちてしまい、
次に眼を覚ました時は高熱を出してうんうん唸るはめになっていた。
一日、二日たって熱は下がったものの、いまだに俺の声は鼻声だし喉は痛い。

決意表明もへったくれもない。

まぁいくら打たれ強くっても真冬に薄着で川に落っこちれば風邪もひくわな。

情けなさ二倍で落ち込んでるとがくんっ、と足許を掬われた。

 

「ぎゃっ!?」
「わっ、耳元で叫ばないでよ。」

 

ぐらっと身体が揺れて慌ててアルの背中にしがみつく。
ぼーっとしてる間に肩に担ぎあげられてしまったらしい。
自覚してからカッと血が頭に集まった。

 

「ななな何すんだてめ…!」
「書庫なんてサムイところに行くなんてダメだよ。大人しくしてて。」
「だ、だからって、」
「それから部屋を出るときは何か羽織って、スリッパもはいてっ。いい?」
「…~っ」

 

知らないからねといいつつ俺を担いで部屋に運ぶアル。
じわっと嬉しさが胸にしみて、
すぐに罪悪感に襲われた。

顔にでてたのか、ベッドに下ろされたあとに少し心配そうに覗きこまれた。

 

「大丈夫?具合わるい?」
「いや…大丈夫、」
「そう?…もう少ししたらあったかいお茶いれてくるからね。鼻が通って喉が痛くなくなるやつね。」

 

優しくアルが笑って俺の膝に布団をかける。
思わず眼を逸らす。

気持ちを自覚してからはアルの顔を直視できなくなった。
熱があっても風邪をひいててもどうやら俺の心臓はおかまいなしに暴れたいらしい。

そんな俺の様子にはこれっぽっちも気付かないで、アルはせっせと俺の世話を焼く。

 

「…悪ぃ、な?」

 

俯いて謝ると、ちょっと苦笑してから「じゃあ早く治してね」と云われた。

違うんだ。
こんな兄貴でごめんなって、云いたいんだ。
この状況を、嬉しく思うような、兄貴でごめんな。

 

ふわっ、と頭に手が乗せられて意識がそれる。

「…本当に大丈夫?もしかして熱ぶりかえしたんじゃない?」
「え、」

 

ひたっ、
大きな手が額に当たって離れて、
入れ替わりにアルの顔が近づいてきた。

そろりと首の後ろに手が滑って、
額と額が合わさる。

 

「―――ッ!」

連想、したものに、自分で嫌気がさす。

気がついた時にはアルを突き飛ばしてた。

 

「兄さん!?」
「あ…」

 

驚いたアルの顔。
少し傷ついた顔をしてるのを見て、我に返る。

 

「ごめ、」
「ごめんね。」
「え?」
「嫌だったよね。ごめんね。
 驚かせちゃった。」

 

俺の言葉に被せるようにアルが謝る。
アルは今起こったことを誤魔化すように枕元のタオルをひろって水を張った洗面器につける。

「つい、子供の時みたいにしちゃった。怒らないでね?」

 

そういって固く絞ったタオルを渡される。

 

「お、こらねーよ…」
「本当?良かった。」

 

謝りたいのは俺。
けどタイミングを失った言葉は吐きだされることなく腹に溜まっていった。


まずいな。
もうちょっと抑えれると思ってたんだけどな。
 

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