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いつだったか、まだアルと旅をしてる頃、
小さな港町にいた時だ。
ついたのが夕方で、早寝早起きがモットーの町で、猫一匹も見かけなかった。
宿を探して歩いてると赤茶色のレンガでできた塀があって、そこに飛び乗った。

『危ないよ、兄さん』
『見ろ、お前よりも高くなった!』
『もー…落ちないでよ?』

 

下は海で、大きな夕日の真っ赤な光を浴びたオレンジ色の砂がざらざらと波に洗われてた。

なんでだったか覚えてはいないが、確かその日はすごく機嫌が良くて、鼻歌を歌いながら歩いた。
人前で歌うのは嫌いだけど、俺だって鼻歌ぐらい歌いたい時はある。

宿に落ち着いてから、アルがあの時何を歌ってのか聞いてきた。

 

『あれ、なんの歌?』
『へ?』
『さっき、歌ってた、』
『えぇ?聞いてたのかよー。』
『だって前で歌うんだもの!それに…知ってる歌だった。』
『いや、俺も良くは覚えてねぇんだよ。なんか…てきとーに歌ったっつうか、』
『…母さんの、子守唄みたいだった。』
『…そうかもな。』
『聞いたときね、なんだかね…この辺があったかくなったよ。』

 

そういって鎧のアルは自分の胸を押さえた。
かつん、と手の金具と胸の鉄板が音を立てて響く。

 

『暖かい、ってどんなのだったか思い出した気がしたよ。』
『…そっか。』
『ありがとう、兄さん。』

 

そういってあいつは俺に笑った。
ありがとう、って。

 

どこまでお人好しだ?お前は。

俺がお前をそんな身体にした張本人だろうが。

 

云ってやりたかったけど、せっかくのアルの気分に水を差したくなかった。
だから黙ってた。

 

 

 

 

 

 

「…覚えてるか?」

話をしてからアルを見上げて尋ねると、「覚えてるよ」と頷かれた。

 

「そうか。」
「あの時、本当にあったかいなぁって思ったよ。」
「うん。」
「…けど、僕は一度も兄さんのせいだとは思ったことはないよ。」
「はは、バカだなぁお前。」
「バカなのはそっちだろ!」

 

がたんっ、と椅子が倒れて俺は顔をあげる。
アルは我に返ったのか、気まずそうに眼を逸らすとゆっくり椅子を戻して再びベッドの横に座った。

 

「こんな、身体に悪い話、やめようよ。」
「眠るには早い。もう少し付き合えよ。」

 

何日か大人しくしてると、だいぶ風邪も治ってきた。
久々にあったかい風呂に入って、飯もちゃんと食って薬も飲んで、喉の腫れが少し引いた俺はアルに思い出話をしていた。
アルは途中でただの思い出話じゃないことに気付いたのか、さっきから機嫌が悪い。
今も渋々といった様子で椅子に座ってる。

 

…そろそろ切り出した方がいいか?

 

「…兄さんが悪いんじゃないよ。
 誰が悪いんでもない。」
「…お人よし。」
「聞けよっ。違うんだったら。
 失ったものはあったけど…得るものもあったよ。
 それに、あの時…あの歌を聞いた時、僕にもちゃんと心があるんだって思えた。
 思わせてくれたのは兄さんだよ。」
「ばかやろう…そもそも身体を失わなければそんなことに迷わなくったって良かったんだろうが。」
「それでも嬉しかったよ。あの瞬間、すごく兄さんと一緒に入れて嬉しかった。」

 

じっと眼を見られてどきっとした。

 

「…ば、か…やろう…」

 

顔が歪む。
泣き笑うような顔になってしまった。

 

「ばかじゃないよ。あの頃のことは全部全部大事だよ。
 こんなこと云うと怒らせるだけだろうけど…身体が戻らないんだったら、できるだけ長く一緒に旅をしていたいと思ってた。」
「! な、んてこと、」
「うん、わかってる。ごめんね?

 けどあの時僕をこの世界に繋ぎとめてるのは兄さんだけだった。
 兄さんと一緒にいるときだけ、僕は"アルフォンス"だったんだよ。」

 

つんと眼が痛くなった。
身体を奪ってしまったことの影響は、俺が思っていたのよりもずっとずっと深かい。
今更気付いた。

 

「ご、」
「謝らないで。謝って欲しくない。」

 

謝罪も受け止めれないってことか?
アルの眼をみると、アルは首を横に振ってそうじゃないと否定した。

 

「…今も、時々そういうふうに感じる時があるよ。」
「…なに、」
「この世界と僕を繋いでるのは兄さんだって、感じる時がある。」

 

喉に言葉が詰まる。

上手く息ができなくて、俺は身を折った。
アルフォンスが何か云いながら慌てて背中をさすってくる。

 

違う、違う!

そんなに深く、お前の中に傷が入り込んでるなんて、気づいてなかった。
どうしてそれで笑っていられる?
俺の傍にいられる?

 

「は…やめに…出て行く。」
「…え?」
「風邪が治ったら、手配する。駄目なんだ。もうお前の傍にいられない。」
「え、なに、何?」

 

背中に置かれたままの手に重みが加わる。
俺は眼を閉じてシーツを握りこんだ。

 

「俺が傍にいると、良くない。前から、思ってた。」
「そんなこと…!」

 

アルの手を押し返すようにゆっくりと姿勢を正す。

ばかだな…なんでそんな顔してんだよお前。

しょうがねぇな、って思わず笑えてきた。

 

「あんなコトがあって…元の身体には戻れたけど、前に進むのに俺が近くに居ると…影響が、強すぎるだろ…?」

 

アルの顔が一瞬くしゃって歪んでから、俺をにらみつけた。

ダンッと壁に拳を叩きつける。

 

「なんでッ…!笑ってられる…!?」
「ア、ル…」

アルはそのまま乱暴に俺の腕を引くと苦しいくらいに抱きしめてきた。
話の途中なのにカッと頭に血が集まる。

慌てて押し返そうとすると更に強く抱きこまれて身動きが取れなくなる。

あ、れ?いつのまにこんなに力差がついた…?

しょうもないことに俺が気をとられている間に、アルフォンスの腕に力がこもる。

 

「…お願いだから、そんなこと云わないでよ…。」
「アル…」
「どうして?本当のこと云って、兄さん。
 僕が気持ち悪くなったの?」
「はぁ!?っこのばか!そんなわけあるか!」
「本当?だってこの間僕が熱を測ろうとしたら、」

 

ぶわっと思い出したくないことを思い出させられて俺は固まった。
それを察知したアルはゆっくりと俺を覗きこむ。

 

「…やっぱり、嫌なんだね?」
「ち、違う違うッ!あれは、お前が悪いんじゃない!
 俺が悪いんだ!」
「兄さんは何も悪いことしてないじゃないか!」
「ちが、違うんだって、」
「嘘ばっかり云わないでよ!わかるんだからね、」
「アル、落ち、」
「落ちつけないよ!それで僕と距離をとるんでしょ!?
 だから別々に暮らしたいって、」
「だぁああもう話を聞け!!
 お前のこと意識しちまって恥ずかしくって突き飛ばしちまったんだよ!」

 

今度はアルの腕が固まった。

ザァッと頭に上っていた血が下りて行った。

「に、いさん…」

 

アルが眼を合わせようと顔を上げる。

 

だめ、だ

 

「み、るなッ!」

気がつけば俺は両手を合わせてベッドに叩きつけていた。

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